今年のクラス会は鳴門大橋の袂に立つリゾートホテル海月勿論出席です。

寄れば名前か愛称で呼び合う仲間達18時から翌朝8時迄は余りに短く感じた時間でもあります
今回久々多い17名男性は元気一杯のゴンシャン、テニス部の相棒利浩さん、スポーツ万能前野さん、静かなる男祐一君、ハエ釣り名人矢田さん、無二の親友幸一さん(どうもそう思ってないらしい)美術にかけては物凄い能力カッちゃん、今は自営業も相談役になったとか海釣り好きの相原君、この会の会計担当賢チャン、そして賑やか過ぎる宴会屋庄さん(通称馬ヤン)女性は会長の光美ちゃん(この日は多忙で半時間遅れ)歌名人久ちゃん(ハァーの笑い声がグーッ)、今回中盤でデュエットとなったあんみつ姫の久恵ちゃん、スミちゃんもなんか一緒に歌ったよう・・・(前回洗顔の基本を教えられて実行中)無二の親友?と大の仲良し恵ちゃん(余りいちゃ付かないよう)馬やんが歌うと踊り出す誕生日が二日違いの孝チャン、学生時代の勉強家ミエちゃん今回急遽来れないのは京都のファインテーラー光弘君、学生時代の飲み友達定市さんはどうしたんでしょうか。そういえばマドンナの晴美ちゃんも欠席いつか一度は逢ってみたい篠原の美代チャンはどうされているのでしょうか、初代?宴会屋凡ちゃんとクラスのマドンナ志甫チャンはもう雲の上の人になりました。
宴会もたけなわ今年まだアルコールを口にしてない庄さんに次から次へビールのお勧めにゲーッ、余り断りばかりは失礼と思いチビチビ飲むもののもうコップ半分でダウン、恒例の会長との夕日の丘のデュエットの声出しがやっとここ一番の決め歌?君が好きだよになるともう声が出なくなっていてビックリポンポンでした。
これ以降は出来るだけ宴会屋に徹する事にしたもののデュエットは引っ張られてご一緒することに・・・そのうち段々我が声が出るようになってここは一つ自慢の一曲を歌う事に・・・哀愁列車を入れた途端もう既に寅さんがマイク持って熱唱アラッめったに歌わないのにお珍しい・・・それでは次に哀愁の街に霧が降るを私が・・・これもまた寅さんが占拠されガクッ(コヤツの好みの歌が私と同じ)三曲目はさすがに遠慮されたのかやっとマイク握らせてもらえこれ以降はみんなに歌の注文周りに徹して途切れた時には遠慮勝ちに?マイ歌を入れて宴会は終了。
二次会もこのホテルのカラオケボックスの貸切でここは宴会屋の腕の見せ所、できるだけ前に出ないように心掛けたつもりが気が付けばフライング気味で申しわけ無く猛反省してます。ただ中盤に学園広場を挿入最後は東京音頭で大合唱となって終わったのは良かったのではないでしょうか。
クラス会の楽しい余韻が残る翌日釣りの帰路稲沢付近で後部タイヤがパンク、このタイヤ二週間前に新品に入れ替えたもの・・・原因はなんか工事現場の鋭い金属片が刺さったものらしいのですが・・・そのような覚えは無し
ただこれが四国の帰りの高速道路ならどうなったのかまっ不幸中の幸いとしてポジティブに取ることにしました。
もう次回のクラス会は交通機関を利用して行こうかななんて気弱になったパンク事件でありました。

隣の山川町の堰堤から延びて川島町の境付近で終わるこの土手から望む高越山の雄姿はここからが最高
学生時代の夏休みよくこの山に登ったものです。それがこうじてか❔現在も矢田君は登山が趣味のようです。
この土手を下るとすぐ左下と左前方に水溜まりが出来ていて秋口はハエ釣り場になって楽しめました。ただこの水溜りも台風一過の置き土産で冬には干上がってしまいます。ハエ釣りは矢田君が名人級でいつも私は数釣りで悔しい思いをしていました。秋も深まった夕暮れ時むりやり釣れ出した前野君に太くて長いビッグサイズのウナギが釣れて腰を抜かした❔あの光景は思いだす度に今でも吹き出してしまいます。
もう故郷のわが家も昨年取り壊して頻繁に帰省することもありませんがまたこの場所には立ちたいものです。

ある夏の昼下がり川島の潜水橋、この場所ももう今は懐かしいふるさとの一つになりました。
この少し上流の城下が恰好のワンドになっていて悪ガキの頃は毎日鮒釣りに興じていました。 讃岐に転勤になってへら釣りが趣味になった頃いきなり穴あき病が発生し殆んどへらが釣れない期間毎週この淀みに来て大鯉釣りにトライ!一日一本で納竿・・・秋から春先の半年間通いました。90cmクラスが二桁釣りになった頃にこの釣り終了。この頃は宵から実家に泊まり込み朝一おふくろの作った弁当持参はなんか贅沢な釣行でした。
数年前のクラス会でこのワンドの淀みの様子を見に行ったところなんか立派な❔排水設備が出来ていて堰堤から護岸まで夏草が生い茂り足を踏み入れる場所もなく唖然、もうあの日のような釣りは出来なくなってました。
口ずさむウサギ追いしかの山小鮒釣りしかの川の童謡ですが夢はもう巡って来ないようです。ー終ー