昔は、立ち止まることが何より怖くて、無理やりにでもおもしろくなくても望んでなくてもとにかくとりあえず進んでた。
どれだけつらいことがあっても、落ち込んで何日も寝伏せるということもなかった。
今思えば、そのとき落ち込みきっておけばよかったのかもしれないなと思うことも たま~にだけどある。
結果として今の自分は、なかなか丈夫だからいいんだけど。
人生で今、初めて立ち止まっているのかもしれない。
というより考えているのかもしれない。
現状に甘んじるということをしないようにするべく、その悪い習慣を断ち切るときなんだ。よね。
あまり、思い通りにいかない。いかなかった。
家族のこと、友達のこと、恋愛のこと
でも思えばどうして思い通りに行かなかったかって、それは自分が変わらなかったからなんじゃないか。
「現状に甘え」「同じことを何度も繰り返していた」からなんじゃないか。
最近そう気づいた。
自分は確かに変わった。
前より人の弱いところを許せるようになったし、自分を病的に否定して人間関係を泥沼にしていくこともなくなった。
心の深いところでどこか、余計卑屈になった気もするけど、筋の通った卑屈さにできるようになってきた気がする。
筋が通れば卑屈も「謙虚」になるのだ。
とは言えその変わったというのは、今までの自分の悪いところを少しずつ良いほうに向かわせられるようになってきたということで、根本的な考え方はまま変えられてなかったと思う。
つまり、悪くなった家を少しずつ改築修繕してきたものの、やっぱり土台が腐ってたら・・建て直すしかなかったのだ。
私はそれをずっとめんどくさがっていた。というよりこわかった。
もし、自分が「うまくいかない」と感じていることの原因があるとしたら、そこなのだろう。
実際一番重要な悪いところは恐らくだけど変わってない。隠せてるだけ。
もっと大きな目で見れたらいいよね。大きな目で見ましょう。
見えてないところが多すぎるのだと思う。
それを見るためにも、今一度、腰を据えて、自分の望むようにやるべきだと思った。
私にとっての望むようにというのは、「好き放題やること」じゃないから。
確かに積んでいけるものが欲しい。未来に振り返ったとき、自分が重ねてきたものを感心して幸せになりたいのだ。
それは絵も、学業も、友人関係においても。そうなんです。
私の足らない能力に対しては大変なことだし、欲張りなことだし、時間もかかっちゃうけど、やってみようかと。。
また考えも変わっていくでしょう。人間だから。でも今はとりあえず、そうゆうふうに生きたいのかな・・。
ハナシは大きく変わりますが、
最近何日もなんにちも、大切な人の夢を見ます。
思い出したくない至福の喜びを、夢なのにほんとうに感じてしまって、起きてまだ胸に残っているのが、どうにも苦しい。
どうして私は普段会わないような人を、自分の思い出の中の人に、こんなに固執するんだろう・・よく考えた。
やっぱり、家族以外ではじめて見つけた、しかも全部なくしてしまったときに感じた、本当の気持ちだったからかな。
あの人には何も私は与えることが出来なかったけど、私にとっては、愛情をたくさんもらえた毎日だったんだなって。
自分にとって特別な人の特別な人になれるなんて、金いくら積んでも代えられないしあわせだったんだよね。
そういう意味で感謝はしています。
私が性格が悪かった故、また気持ちも伝えず時間を浪費していた為に、余計な負の気持ちもたくさん着いてきてしまったけど。
ほんとにありがとう。
と思っております。
なのでイヤな気持ちは特にないのです。私が嫉妬さえしなければ。