・・・続きから


目的のバスが来ない非常事態にもかかわらず
俺は大して危機感は感じていなかった。


たかが一日バスが来なかったくらい何だ?
次の日はいつもと同じように定刻にバスは来る。
深く考える必要もあるまい。


次の日も同じような時間で授業が終わり
いつもと同じように生徒と自転車を二人乗りして
バス停に向かった。



「先生、じゃぁな~~~」




「おう!寺岡も気をつけてな~~」


俺の自家用ハイヤーにやさしい声をかける。





・・・さてと・・・。




今日も寒い。
冬になるといつも思う。


夏のうだるようなあの熱さをどこかに密封して
冬の寒すぎる日に放出できなかなぁ・・・と。

夏には冬の冷気を缶詰か何かに入れて
俺の部屋で開けたいなぁ・・・だ。



・・・。




・・・。





バスが来ない・・・。



嫌な予感が頭をよぎる。


「おいおい、この時間のバスって無くなってしまったのか?」



時計を見る。
どうかんがえてもバスが来てないとおかしい時間だ。


冬の夜空は澄み切っていて本当にキレイで
オリオン座を見るたびに宇宙の神秘を思う。



しかし、そんなセンチメンタリズムを往復ビンタする勢いで

「昨日もバスに乗れなくて
今日もまたこの寒空の中、馬鹿みたいに突っ立っとかないといけないのか?

という怒りが足元から湧き上がってくるのを感じた。



もう少しだけ待ってやる。


こんな日もある。それもまた人生・・・。




・・・。



・・・。





・・・来ないぃぃぃぃ!!!。



40分くらい待ち、
次のバスに乗り込んだ俺はある決意をしていた。

最も考えていなかった可能性を確かめるのだ。


そして次の日
普段から早めに終える授業をさらに早く終わらせた。
自転車の二人乗りも猛ダッシュだ。



「先生、今日どうしたん?えらい急いどるなぁ?」



「そうか?まぁ気にすな!」




自分の足との会話も切り上げ
奴を待つ。



「もしかしたら・・・」



時間はいつもよりも更に5分くらい早い。
時刻表も全く変わっていないことを目視で再確認した。


時刻表の変更はない

⇒定時に来ないのはおかしい

⇒定時に来ない

⇒何らかのトラブルがあってバスが来られない。

⇒トラブルはそんなにないからトラブルである

⇒時間変更がしばらく続くのであればバスの時刻表には連絡事項くらいはある

⇒全く何の連絡もない⇒Why?Why?




そこで・・・だ。



「トラブルがあったのではなく、
ただ単にバスが時刻表を守らず早めに来ていたら・・・?」


もっとも考えたくなかった仮説だが
電車と違い割とルーズなバスのことだ。
可能性は0(ゼロ)ではない。



その刹那!
「ブロロロロロ・・・」という音と共に
バスが到着した。



時計を見ると
普段俺がバス停に到着する時間よりも3分は確実に早い。

俺はいつも3分くらい待つから、6分も時刻表より早く来ていたことになる・。



おんどりゃぁぁぁぁぁ~~~。



俺は怒りを懸命に抑え、バスに無言で乗り込んだ。


バスの運転手のマヌケ面を睨みつけながら
「江戸の敵は長崎で」という言葉が頭の中を延々と駆け巡った。


目的の駅に到着し
日頃であれば「ありがとうございます。」の声と共にお金を支払う
田舎バスの一コマなのだが、その日は投げるように入れてやった。


駅の公衆電話に走り、電話帳を乱暴にめくる。。



「・・・○○バス・・○○バスは?
電話番号は・・・08●●-2●-●●●●か?」




その番号を勢いよく押した。



「・・・はい、○○バスでございます。」


「あ~・・もしもし・・・
▲▲の停留所でいつも○:○○時に
バスに乗ってる者
ですがね・・・

オタクの時刻表、おかしくないですかぁ~~~?」




「はい?・・・と申されますと?」



「いっつも時刻表に間に合うように待ってるんですけどね
オタクのバス、時間よりも早く走ってるみたいなんですよ!
困るんですよね~~
こっちもオタクの時刻表を見て
信じて仕事を終わってるんだから!!
こんなことでいいんですか?」




「はい、はい、申し訳ございません・・・」




「僕ね~運輸省におじさんがいるんですよ~~。
そっちにオタクのいい加減なバスの件、話ましょうか?
営業の免許とか取り消されますよ!実際。」





「あの~お名前を~~~?」



「関係ないでしょ!」
とピシャリ!

名前なんて言うわけねーじゃん。
狭い地元では誰が俺を知っているか分からないし
善意の第3者ってことにしとけ!




「申し訳ございません。」



運輸省がそのバスを管轄しているのかどうか知らないし
そもそも運輸省にいっているおじさんがいる、なんてハッタリだ。


でも、それくらいカマさないと俺の憤りは納まらない。
電話口にいる人には関係ないかも知れない。
嫌な電話だろう。

だが当時26歳
頭に血が上った馬鹿にはそんなことを思う余裕は一切なかった。


「2度とないようにして下さい!」

受話器をガチャンと叩きつけ、意気揚揚と自宅に向かう俺。



そして次の日からバスは元のように、いや以前よりもピッタリと
時刻どおりにバス停に到着するようになった。



キチンと改善されたと見える。俺の電話を受けた人が
いい加減な運転手にキッチリ注意してくれたのだろう。



しかし・・・良く考えてみたら、
その停留所でその時間に乗り降りするのはいつも俺一人
運転手も心なしか俺に対して意識をしているような・・・。



そう、「運輸省におじさんがいる」「免許を取り消されるぞ!」
と散々文句をつけたクレーマー=俺と思いっきり特定されてしまっていたのだ。



何て言うか、すごく気まずくて
俺はその後しばらくしてバイク通勤に変えた。