大学入学したての頃
俺はピンク色の妄想の中にいた。


長い浪人生活を経た俺は
バラ色の大学生活を心から夢見ていた。


こっちがシコシコ英単語を覚えているのを尻目に
現役で大学に入った奴は
「講義をブッチして・・・」とか
コンパしたらな~」とか
俺の愛用する「英単語ターゲット1900
には意味が載っていない単語を楽しそうに語らっていた。



俺は今でもその時のムカツキを覚えているし
一人だけ現役で大学に受かったホモの真吾が
浪人生一同でダベっていた時、
これみよがしに
「テメーの大学のロゴ入り」のライターで

タバコに火をつけたことは決して忘れない。


33歳になった今でもあの時の悔しさが俺の原点だ。


そんな悔しさを晴らすのは女しかない!
しかも洗練された都会の女を田舎のイモ連中に見せ付ける!


3年越しの第一志望の大学に落ちてしまい
失意のドン底にあった俺にとっては
「いい女をゲットする」ことで憂さを晴らしたかったし
そういう面で最終学歴になる大学は
関西ではお坊ちゃん大学としてそれなりのネームバリューを誇り
そこだけが救いだった。



現役で関西圏の大学に通う同級生のツテを頼り
紹介してもらうことになった。

その女はこともあろうに
俺の地元の隣の市出身。
近郊の女子大に通っているらしかった。

せっかく関西に来たのだから
京女(きょうおんな)あたりをブイブイ言わせたい俺としては不本意だったが
デビュー戦にそんな贅沢は言っていられない。

それに正直言えば素直に嬉しかった。

節制を強いられる浪人生活に加えて
全く女っけ無しでずっと過ごしてきたモテない君だったから。

「浪人しとるけー、女どころじゃないんよ~」
という言い訳も大学に入れば通用しない。
焦りもあった。

紙切れに書いた電話番号に電話をする。
心臓がドクドク言っていた。


「・・・もしもし、スガモトさんですか?」


「はい、そうですけど。」


「●●から話を聞いてるかな~?石○です。」


「あー、はいはい。聞いてるよ。」


数ヶ月前の浪人生活からは考えられない・・・。
悲壮感漂う受験前の正月と本当に同じ年度なのか・・・。

見知らぬ女子大生と話している自分に
頭の芯がボーッとしてくる。
慌しく自己紹介して本題に入った。



「さっそくだけど会えますか?」


「別にえーよ。」


心の中でガッツポーズ!!!
世の中すべての人にお礼を言って回りたい。
そんな気分。
「じゃあ・・・待ち合わせの場所はどこにしよう?」

「石○くんて大学の近くに下宿してるんでしょ?
私、大学入った事あるから、そこの正門でどう?」


正門で??

正直、そのセンスは長い浪人生活を経た俺でさえ
おのぼりさんみたいで嫌だったが、
そういうもんかも知れないと思ってしまった童貞20歳。


「・・・ところで、どんな感じの顔をしてるん?
待ち合わせで分からんかったら・・・困るし・・・。」


我ながら大胆だとは思ったが思い切って
一番聞きたいことを聞いてみた。

紹介者からはカワイイとも美人とも不細工とも
必要な情報は一切貰ってなかったし。


「・・・目はパッチリしてる・・・かな?」

「二重でパッチリしてる。」

強調してきた。よほど瞳に自信があるのだろう。
俺の想像では中山美穂が微笑んでいた。



全身全霊を込めた電話が終わり
心地よい脱力感を感じつつ
俺は友人に自慢の電話をかけまくった。


雲の上を歩くような・・・そんな気持ちが20歳にして
初めて分かったような気がした。


スガモトという女子大生。
俺の記念すべき女性になるかも知れない。
ピンク色の妄想はどこまでも膨らみ続けていった。


「青い春」と書いて「青春」
まさに青春だった。


待ち合わせの日までは幸福感から
何を言われてもヘラヘラしていた俺。
カレンダーがあったら待ち合わせの日に大きく丸をつけて
そこまでをバッテンして消していただろう。


そしてその日はやってきた!


待ち合わせの5分くらい前に到着し
キャンパスから帰宅する学生で結構ごった返している中
目ぼしい女のコをチェックした。



瞳の魅惑的な美人女子大生・・・?

南国風の美女・・・?

目のパッチリしたカワイイコ・・・?


さりげなく、それでいてどんな些細な変化も見逃さない
レーダーのような視線を辺りに送った。



どこにもいない・・・。




その中に一人だけいた・・・。
小柄な若い女子大生・・・
誰かを探すようにキョロキョロしてる。



ま・・・さ・・・か・・・?




マ・・・ジ・・・?






「ス・・スガモトさん・・?」
声が震えたのが自分でも分かった・・・。



「はい。」と言ったその女のルックスは・・・















そりゃ・・・目はパッチリしてるけどよぉ~~~!!



俺が覚えているのはそこまでだ・・・。



もしも神様がいるのならば
その時、俺が抱いた淡い恋心
二十歳の俺のそんな記憶を今すぐに消し去って欲しい・・・。