「腹へったな~。何か食いたいな。
ジャンケンして負けたヤツが買ってこいや。」


口火を切るのは俺しかいない。


「久しぶりに?いいですね~。
ジャンケンしましょっか?」

宮●もさりげなくかぶせてくる。


「え~?何、買うの?
負けた人、どうすんの?」

神戸娘、ごく自然な演技だ。



「ワタシ、自信ないな~~。」

天然娘は少し演技下手だね。



宮●が発見した法則
『ジャンケンにおいてチマチマ男は必ず【グー】を出す。』

そこに他の社員が全員「パー」を出し
負けたチマチマに食い物を奢らせる計画は順調に進んでいた。


「今回は負けたヤツが買いに行くだけじゃなくて
全員分、奢ることにしようや。そっちの方が燃えるだろ?」

「例えば焼肉とかどうよ?」



「えー、負けたら全員に焼肉ですか~~。
金額デカイっすね~~~。」

宮●が大げさに言う。


「中○くん、どうよ?」
さっきから引きつった笑いを浮かべるチマチマに話を振る。


「・・・・ん~~~、高いですね~~~。」

丁寧に、しかし確実に「ダメだし」の姿勢を見せる。
仮定の話とは言え、『人のために金を使う』ことは
こやつの中では絶対的タブーなのだろう。


「じゃあ「しゃぶしゃぶ」とかどうよ?食い放題で1,500円くらいよ?」



「あ~、「しゃぶしゃぶ」食べた~~い!」

天然娘は本気だ。


チラッとチマチマ男の表情を見る。
その横顔には
「1,500円×4=6,000円?誰が奢るかい!ボケッ!!」
とはっきりと書いてあった。


まずい・・・ジャンケン自体を降りられたら
この陰謀が成立しない。


「じゃあ、牛丼の松屋にしようや!
あそこなら安いし、全員分奢っても知れてるじゃん!」


「やっぱり、負けたら奢りですか?」

再度、宮●がかぶせてくる。
絶妙だ。


「よし、やろ~~」
張り切る天然娘。


「負けそうやな~、嫌やな~。」
どうも演技がうそ臭い天然娘。
お前は黙ってろ!


「行くで~~!

最初は「ぐー」!ジャンケン・・・ポイッ!」




「やった~」
「マジィ!?勝った~~!」
「ワーイ!」
「良かった~~~」

一人だけグーを出したチマチマは
こみ上げてくる殺意を懸命に押し殺して
無理やり笑顔を浮かべていた。


「何、買って来ましょうか?」
台詞のような口調に強引に愛想笑いをぶち込んだ
不思議な抑揚でチマチマが訊ねる。


「じゃぁ、俺、カレー牛ね!」
「僕、しょうが焼き定食でお願いします。」
「ワタシは牛丼、つゆだくで!」
「じゃあ、ワタシも牛丼!中○さん、つゆだくでお願いね!」

汚い字で懸命にメモをとるチマチマ。
背中から白い炎が立ち上ってくるのがその時確かに見えた。


「行って来ます。」


「いってらっしゃい♪」

「あいつ、今マジで怒ってるで」

「ですよね~、僕ら想像の中でボッコボコにされてますよ、きっと。」

「そうなん?恐いわ~」

「あいつが人のために身銭を切るんやで?
もう怒り心頭で、想像の中で俺ら何回も殺されてるわ。」

「ちょっと可哀相やね」

「でも、みんな一回は全員に何かを奢ってるじゃないですか
中○さんだけですよ、奢ってないの・・・」


そんな会話を楽しんでいたら
「帰りました」と荷物を山のように抱えたチマチマが帰って来た。


「お帰り~~」

「おやつ」どころか夕食を食べる時間になっていた為か
終戦直後の欠食児童のように弁当に群がる。

「これが俺のカレーか?」
「じゃぁこれ僕のですね・・・」
「あー、中○さん、これネギ入ってるやんか~~~
ネギ抜いて、って言うたのに~~~」


各自、席につき

「でも、中○くん、寒い中、ありがとうな」
「ありがとうございます」
「中○さん、いただきます!」
と各々が今回のスポンサーのチマチマに
感謝の言葉を述べた。



さぁ食べようとしたその時・・・
チマチマはマメなことに
サービス券を各自の机の上に置き始めた。


「わざわざ、ええのにぃ~・・・
ありがと・・・・」




「!?」







それは「3枚集めたら味噌汁無料」などと言ったサービス券ではなく
レシートの控えだった。


「エッ???これって奢りじゃないの???」



「奢りなんですか?じゃぁおごりますよ。」
何の感情も感じられないロボットのような言い回しに
背筋が寒くなった俺たちは
全員、自分のメシ代を支払い、
そして改めてチマチマ男の恐ろしさを再確認したのだった。



おしまい。