浪人時代の男子寮生活。

小中高すべて男女共学で育ち
親族はほとんど女性の女系家族で
『掌中の珠』の如く大切に育てられた俺にとって
驚きの連続だったことを告白したい。

先日の日記でも書いたが、今でこそ笑い話だが
当時は決して笑えない日常の数々のエピソードがある。

入寮してまもなく
寮のエントランスで消灯前、仲良くなった奴らと数人で
稲川淳二ばりにそれぞれが持ち合ったネタによる怪談話をしていた。

盛り上がる話の途中、ある視線に気がついた。
暗がりの中、離れたところから
じっとこちらを見ているヌボーっとした背の高い男がいた。
瞳はキラキラ輝いている。

薄気味悪かったが、俺たちの怪談話に興味を持ったのか
どうやら話に入りたいようだったので
誰とはなく「こっちに来なよ。」と呼んでやった。

ヌボーッとしたそいつは福島県の白河市出身で
実家はカメラ屋を営む、名前は「大河原(おおかわら)」
と東北訛りで自己紹介をした。

「おおかわら」なんて呼びにくいので
俺たちが予備校に利用していた京王線にある駅
「分倍河原(ぶばいがわら)」 とあだ名をつけてやったが
そのうち面倒になり「分倍(ぶばい)」と呼ぶようになった。

ゲームセンターで黙々とゲームをしまくり
少し太めだったヨシアキを「ぶーちゃん」と呼んでは怒らせ
勉強はあまり出来ない内向的な男だったブバイ。

予備校の寮に入った所でやる気になるようなタマではなく
こいつもしっかりとすべての受験に失敗した。



その他にも愛媛出身で「モノポリー」 という人生ゲームみたいな
卓上ゲームを異常に愛し、みんなに「モノポリーをやろうよぉ」
と誘いまくっては嫌われていた「ポリオ」というあだ名の馬鹿もいた。
(本人はこの呼び名を死ぬほど嫌がっていたが)



何かと人にお説教をかますのが
生きがいだった当時のヨシアキ。

その実、こいつのお説教には裏付けとなる自身の
確固とした信念はまるでなく
年の割に人より言葉を知っているのを自慢したいだけ
と瞬時に見抜いた俺には何も言えなかったヨシアキだが
そのストレスの矛先はある男に向けられていた。


鳥取出身の「池○和史」通称「イケちゃん」と呼ばれてたチビッコだ。
見かけは今時の若者だったが、心は豆腐のように壊れ易く
繊細かつ気の弱い人間だった。


「島根県と鳥取県って区別がつかないよねぇ。」
という山陰地方の人間が一番嫌がる話題を意地悪く投げかけたり

本人は慣れない標準語で一生懸命しゃべっているのに
「語尾にすべて「~だけぇ。」をつけているよね。」
と本人の前でお国言葉を馬鹿にしたりと好き放題やっていた。


それがみんなにも伝播し
イケちゃんがいくら標準語で
「パチンコに行ったんだ。そこで大勝ちしてさぁ」
としゃべっても
『パチンコに行っただけぇそこで大勝しただけぇ
とすべて語尾に「だけぇ」をつけられてた形に変換されていた。

可哀相なイケちゃん。
俺も同じ中国地方出身の仲間として
ヨシアキに怒りを感じていた。


ヨシアキ、お前も群馬県で
「日本のヘソ」とかを自称している町=渋川市の出身だろ?
お国自慢の「ヘソ踊り 」を踊ってみせろ。



そんな可哀相なイケちゃんにある日呼ばれた。

「石○くん達に是非聞いてもらいたい曲があるんだけぇ(*^▼^*)ノ」

普段あまり自己主張しないイケちゃんからの誘いに
戸惑いながらも彼の部屋に入った。

男のくせに整理整頓されたイケちゃんの部屋。
こころなしか、いい匂いがする。


「この曲だよ、聴いて♪(=~ω~)ノ」
ラジカセのPLAYボタンが押される。


永井真理子の「Keep On Keeping On」 という曲が
いつの間にか灯りの消された部屋に流れる。


「永井真理子」というセンスにおののきながらも
雰囲気に飲まれて何も言えない。

物悲しいメロディと共に
「Keep On ”Keeping On” 夢へ急ぐのなら~♪
こんな日もあるよね あるよね~♪」





( ´_ゝ`)・・・・。



真っ暗闇の中、押し黙って聴きつづけた。

長い長い1曲が終わる。

やっと解放される・・・
ホッとしたのもつかの間
イケちゃんの様子がおかしい!?



目頭を手で押さえて、うつむいていた。
心なしか身体も震えていた。


「グスッ・・・」



まっ、まさか・・・・。




俺たちの視線に気づいたイケちゃん。



「あっ!ごめなさいっ」
瞳には涙が光っていた。





勉強で忙しい俺たちを部屋に呼びつけ
「これで雰囲気出るんだけぇ」と照明を消して
テメーは思い入れタップリかも知れないが
俺たちにはチンプンカンプンな曲を
一曲まるまる聞かせた挙句
一人で浸って、涙まで見せたイケちゃん。


あの曲を俺たちに聞かせることで
多分、何かを伝えたかったのだろうが
「過剰な演出」と「独りよがり」のせいで
さっぱり真意は伝わらず
結果、俺たちの中では
イケちゃん=「オカマ野郎」という評価になってしまった。


そして、その日を境にヨシアキと共に
俺も何かにつけてイケちゃんをイビるようになった。