オーネットという会社を皆様ご存知だろうか?
仕事が忙しくて時間のない男女に出会いを提供して金を取る、
雑誌の間とかに「結婚チャンスカード」など、
よくハガキが入っているあれである。
俺にはあのハガキにまつわる悲しい過去がある。



群馬の怪人よしあきと出会った予備校の寮であるが、
東京という事もあって全国から色んな奴が集まって来ていた。
だが新生活という「誰も過去を知らない状況」においては
ついつい高校時代の武勇伝も大きくなりがちである。



埼玉からやって来た藤原もその一人だ。

「いや~俺も高校時代は『ワル』だったからね。
相手の腕をへし折ってやったこともあるんだわ」
『ワル』!!
『腕をへし折る』!!

(ついでに言うならこいつのボキャブラリーには『先公』も入っていた。)



その寮にはラグビー部の元県代表の奴や、
野球部を始めとする運動部出身の人間、
琉球空手や極真をやっていた猛者はゴロゴロおり、
色白で、手が極端に長く、ガリガリで
モヤシっ子そのものの藤原のルックスでは説得力はまるで無く、
何でも信じていた当時のウブな俺達でさえ、ハッタリとか疑う以前に
「なぜそんなことを言うんだろう?」と真意を測りかね、
真剣に彼の生い立ちまで考えてしまうような奴だった。



すべてに対して一家言持っており、
少しでも変わった事を言おうもんなら「これが僕の生きがいです」
とばかり論戦を挑んでいた、あの、よしあきでさえ
奴の「手がつけられなかったワル時代」の話には全く触れなかった。



こんなゲームは早く終わらせたい。
談笑している時にフッと出てくる藤原がさりげなく言う極悪過去話。
その与太話に「マジで?」と演技をするのにみんな疲れ果てていた。



「藤原、高校の時の卒業アルバム見せて。」
「ああ、いいよ」
クラブ活動の写真には、羊のようにおとなしそうな連中と共に
標準学生服を小粋に着こなした藤原が立っていた。
写真の下には小さく天文部。

そんな藤原がある日、
血相を変えて俺の部屋に怒鳴り込んできた!



「これ!へっぽこくんでしょ!」




手にしているもの、オーネットからの分厚い封筒である。
嫌われ者の運命か、名前から住所からすべて筒抜けの寮生活。
藤原は全く知らないところで勝手に名前を使われて
よりにもよってオーネットに資料請求をされていたのだ。




しかもオーネットのコンピューターが必死ではじき出したであろう
藤原にマッチングするという地球上で数少ない相手の写真まで
ご丁寧に同封されている。(プロフィールまでご丁寧についていた)




「絶対にへっぽこ君だよ!こんなことすんのヘッポコ君しかいねーよ」

確かに32歳になった今でもアイスについているドライアイスを
公衆トイレに放り込み、誰かが入ってくるのを心待ちにする俺だ。
でも、あの時、なぜ俺が名指しされたのか今でも分からない。




2日後、俺は藤原の名前でオーネットに資料請求をした。
なぜか藤原は何も言わなかった。