秋月達郎 PHP研究所
う~ん、いけませんな。
また大泣きしてしまいました。
「奇蹟の村の奇蹟の響き」
思い立ちドイツ村公園まで散歩する。
ここは収容所にゆかりの場所の中でいちばん好きなところ。
ロケ村やドイツ館とは別の場所にひっそりと息づく収容所跡の公園
木々がざわめき、セミが鳴く。さびしくなつかしい場所だ。
慰霊碑は150m先にあるのだが草が繁っていて行くのをためらう。
今公開中の映画「バルトの楽園」と同じく
第一次大戦中、
中国の青島から日本に連れてこられた
ドイツ兵俘虜。
その俘虜収容所のひとつ「バンドー」(板東俘虜収容所)
を舞台にした小説です。
わたしの住んでいるこの家から
まっすぐ北。
わずか2キロ弱行けば、
そこに板東俘虜収容所はありました。
日本では捕虜になって生きながらえることは恥だという考え方もありました。
しかしドイツでは、捕虜となっても
立派に軍の務めを果たしているのだ、という考え方。
ドイツ兵は、
商店街をつくり、組合をつくり
新聞を編集発行し、
オーケストラ演奏をし、
サッカーをし・・・
結果として
当時、文化文明的に欧州各国より遅れていた日本の片隅の村に
さまざまな文化を伝えました。
わずか数年のできごと。
とはいえ、今なお何もない田舎の田園風景広がるこの地に
当時は千名近いドイツ兵が生活をしていたのだと思うと
不思議なきもちになるとともに、
どこかしらなつかしさを感じてしまいます。
大正3年7月 第一次大戦勃発
11月 青島の日独戦でドイツ軍は日本軍に降伏
四千数百名のドイツ兵俘虜が日本各地12カ所に収容される
大正6年4月 松山・丸亀・徳島の各収容所が閉鎖。
板東俘虜収容所が開設。
大正7年6月 板東俘虜収容所にてベートーヴェンの第九が演奏される
大正9年暮れ~大正10年1月にかけて俘虜の本国送還
小さな村の小さな歴史です。一度のぞいてみませんか?
奇蹟の村の奇蹟の響き
