17時20分
仕事を終え、ざわめく雑踏から逃げるように工場を出た。ギラギラと光る街灯が、薄汚れて灰色に染められたアスファルトに、正体の見えない影を映し出していた。その正体の見えない影を背負い帰路を急ぐ。
安藤ひろしはこの街に来てそろそろ半年が経つ。特に好んで仕事を選ぶでもなく、タウンページの高時給の仕事広告の中から仕事を拾い、そして、ただ「生きるため」だけに、街を転々と移り住んでいた。
「もう、半年か」静けさへの空間へと誘う銀色のドアの前で呟いた。安い家賃の割には、ぶ厚いこの銀色のドアは、世間と自分だけの世界とを遮断してくれる、「砦の門」のような趣きがあり、彼のお気に入りであった。
それぞれの部屋に灯る温かそうなオレンジ色の灯りを横目に、静けさと湿った空気に包まれた自分だけの世界へのドアを、しっかりと力を込めて押し開けた。
「ギギィ」。重々しい「お帰り」の響きが心地よく出迎えてくれた。
玄関を入ると直ぐ目に入る冷蔵庫から、おもむろにビールを一本取り出し、靴を脱ぎ捨てながら一気に口の中に流し込む。この喉を焚くようなような冷たさが、今日一日の全てを「無きもの」にしてくれる。
閉め切っていた窓を開けると自分の代わりに留守番をしてくれていた湿った空気が乾いた外気に挨拶を交わし、出ていった。
その中で大きく息を吐き捨て「今日も一日終わった」と、机の上の「写真」に目で語りかけた。
そこにはそれぞれのお決まりポーズでおどけている、「3人の仲間たち」と「私」、「女将さんと婆ちゃん」そしてその真ん中に正座している「母」が写っていた。大学を卒業する時にお好み焼きで「旅立ちの会」をやったときの思い出、黄色く薄汚れているが温もりに溢れた「写真」だ。
飲み干したビールの缶を無造作に机の上に置き、労働の証である汗に湿ったシャツを脱ぎながら2本目のビールを開けた。いつからか繰り返される18時20分の私なりの「ルーティーン」だ。