2015年7月1日早朝、
最後たった一人の親、
父が逝ってしまった。

地方で頑張って一人暮らしをして
いたが、やっと首を縦に振り
その年の春、東京の我が家に来た。

状態はあまり良くはなかった。
しばらくして家すぐそばの病院に
入院してしまう。

一時は退院できるほど
回復したが、点滴を外した途端に
状態は悪化、薬では戻らず、
痰が絡み苦しい状態が続く、
どうすることもできなかった、
とうとう、力尽きてしまった。

私は幼い頃から、
学校の先生をしている父が
あまり好きでなかった。
昔は「先生、先生」と
父兄からもてはやされて
いた時代だった。
子供ながらにそういうのが
嫌で嫌でたまらなかった。

自分の言うことがいつも
正しいと思っている、
というところも職業柄
仕方なかったかもしれないが
そこも許せなかった。

家から早く出たくて、
卒業後、東京に就職した。
時々、帰省していたものの、
まだ私も若かったので、
よく反発していた。

そんなこんなで、
あまり父とは楽しい思い出が
少なかった。

けど、
自分もトシとると、
すべてを許せるようになるんだね

思い出はよく考えるとある、
よくスキーを
一緒に行って滑ったじゃないか!
膝枕して耳の掃除をしてくれた
こともある、
これだけでも充分だよね、
ごめんね、お父さん。
数年前、ひどく落ち込んでいたら
ギターを弾いてくれた、
優しい音に涙した。

でも、もういないんだね。
本当に本当にもっともっと
優しくしてあげればよかった、
仕事なんか仕事なんか
早く辞めちゃえばよかった、
ごめんね。

父は子供孝行だった。

何故なら、借金ゼロで
家もお金も残した。

それと世間は大変な思いで
介護を長年やってるのに、
それに比べたら2年もない。

私達に迷惑をかけないよう
かけないようやっていてくれた。

広島の原爆を見にいきたいって
言ってた、うちの息子と。
叶わなかった、叶わなかった。

私の子供等が大好きで、
私が病院に行くと不満そうで
「子供はどうした?」って
よく言ってたね。

最後は東京で一緒に
住めて、それだけでも
幸せだったね。

いままでありがとう
いままでありがとう
いつまでも
いつまでも
心の中で生きています。





久々のひさびさ、

ボクの登場です。。


猫のボクは、

今やもう10才になってしまいました、

トホホ、、

最近は若い頃と違って、

腰が重たくなったなー


しばらくぶりでいろんなコトあったけど、

ママ達もいつも忙しそう、夜帰り遅いし、、

そんな中、

ボクは「ぼうこうえん」というのにかかってしまったのだ!

いや、お腹痛いのなんのって!

ママ達もびっくり!

ママなんか、仕事休んで

ボクを病院に連れていってくれた、

ありがとうー!

2週間分の薬をもらって、

毎日飲まされたけど、

治ったみたい。


何年ぶりかの病院で、

先生に色々、アドバイスを受けたママは、

病院から帰ったその日に早速、実行!!

さすがーママは早い!

まず、

ゴハンやお水の容器が変り、

ご飯の台が首を曲げないように高くなり、

お水の飲み場所が3箇所に増え、

ボク専用のベットが作られた、

日向ぼっこ出来るように、

バルコニーにマットをひいてくれて、

一気に全部やってくれた!


でも体重が7.4キロあるというので、

これ以上、太らないように!と

忠告されたために、

楽しみのゴハンの量が減り、

ナントカっていうダイエットのゴハンに

なちゃった、あーぁー


でも、いっぱい遊んでくれて、

運動量がガクゼンと増え、

ボクはなんだかカラダが軽くなっていく

今日この頃なのでした!