仏教は方便である
空海はこれを認めておられます。
そして、ご自身もよく述べられております。
どのように受け取ればよいのでしょうか?
仏教とは、人が生きていく上で何か大事なことを教えてくれる。
これが本当の目的!
お教を読みながら、修行をやりながら
掃除をしながら、飯を食いながら
ふと感じる。
あぁ、このことか???
生きるに必要な知恵を教えてくれる
それが仏教である
と、言いたかったのではないかと思っております。
仏を拝み、お教を唱え、掃除をし、食事の用意をしながら
日常の生活で感じるもの
それを我が物とする
それは、何でしょうか???
決まっているものではありません!❣!
受け取る人により
受け取る時により
受け取る場所により
その時の考え方により
受け取る側の知識の有無により
受け取るそのものも変化をします!
そして、その内容から取捨選択を行って真実の道を探すことです。
それが仏教は方便である との答えになりませんか?
お教を読みながら、
修行をしながら
仏に仕えながら
又、日常の生活においても
様々なことから、人としてどうなのか?
自分に問いかけ、自分に正しいものを
探すことではないでしょうか?
空海の著作に「十住心論」があります。
この中にある、だんかいは各宗派の差別されるものではありません!
私達に幼稚園、小学校、中学校、高校、大学とその立場により受け取り方が異なるはずです。
十住心論も同じです。
各派の優劣を問うものではなく
立場が合って、初めて理解できるように
各宗派はその段階において理解されるのです。