「誰かが……時間を盗んでいるのよ。たった一秒だけど、それが積もり積もれば、何かをする時間になる。危険なことよね」


「誰がそんなことをしてるんですか? わかるんですか?」


ルチルは「ううん」と首を横に振り、神妙な顔をしました。


「私には、何もできない。ただ感じるだけ。見守ることしか、できないわ」


猫がニャアと鳴きました。


「この子はヴェリル。本当は、猫じゃないのよ」


「え?」


「この姿は仮の姿。……というか、これも彼なのかしらね?」


「男の子なんだ」


ヴェリルという名の、うっすらと水色の毛並みをした猫は、金色の目でリゼルの顔をのぞきこみました。


(いやに人間ぽい……ううん、人間ではないような……。猫なんだから、当たり前なんだけど)


金色の目を見返していると、猫の顔が人のように見えてきました。

リゼルはぎゅっと目を閉じたあと、ベンチに座り直して、「天使の鈴って?」と聞きました。


「天使も警戒してるんじゃないかしら。ほら、あそこにひとり、見えるわ」


「えっ? 天使が?」


ルチルの視線を追ったけれど、リゼルには天使は見えませんでした。それでも、信じられました。ヴェリルもそちらを見ていたからです。


きっといるんだ。あそこに、天使がいるんだ!


(さっき聞いたかすかな鈴の音──あれは天使が鳴らせた鈴の音なんだ。それなら、そのうちに、私にも天使の姿が見えるようになるのかも)


『今日の出会いは、一生のものになる』


確か、今日の占いに、そんなことが書いてありました。

ルチルと猫のヴェリル。ママより年上のお友達なんて、おかしいかな? ううん、そんなことはありません。年齢とか人であるとか、そんなことは関係ないのです。リゼルは自分の心に正直でした。


ヴェリルが興味深そうに見ていました。


「よろしくね、ヴェリル。ルチルさんも。私はリゼル。またここで会えますか?」


「もちろんよ。この時間、私たちはたいていここにいるわ。そうだ、リゼルにこれをあげる。誕生日プレゼントになるかしら」


ルチルはバッグの中からレースの封筒を取り出し、それを広げました。中には、ポストカードと羽が一枚ずつ。どちらも虹色です。


「わあ、綺麗」


「そうでしょ? さっき、公園の入口でもらったのよ。あなたが好きそうなお店。ここから近いみたいだし、行ってみるといいわよ」


ポストカードには、



『虹色の羽  店主マクシミリアン・ギーズ』



と書かれていました。



「なんのお店?」


「雑貨屋さんみたいよ」


リゼルは虹色の羽を、光に透かして眺めました。


(なんて綺麗なの。まるで魔法がかかっているみたい)


突然のプレゼントって、ステキ。それだけで、物語が始まりそうです。


「あれ……? さっき、誕生日プレゼントって……」


「誕生日、過ぎたばかりでしょ?」


「どうしてわかるんですか!?」


普通の主婦であり、お母さんだという人が、出会ったばかりの他人の誕生日なんて、わかるはずがありません。


「それが、スピリチュアルってこと?」


「ん~、まあ、そういうような、そういうわけではないような」


ルチルは苦笑しながら、ヴェリルと顔を見合わせました。


「……ちょっとだけ、見て帰ろうかな」


あまり遅くなると、ママが心配するかも。でも、少しだけ。ちょっとのぞくだけ。


もしかしたら、今日はほかにもまだ、一生の出会いがあるかもしれません。


リゼルはルチルとヴェリルにお礼とあいさつをしてから、雑貨屋さん『虹色の羽』をめざしました。