ヒルスシュプルング病の病名がつくまで、
何度も手術や検査を続けて、
10ヶ月かかった我が子。
これまでの気持ちや病状などをブログにし、
私自身の気持ちの整理や、
いつか子供が読んで、
どれほど自分が頑張ったのかわかるように
記録していきたいと考えました。
ブログとして書こうと思った理由は
私自身が、病気について調べたり、
同じ悩みを持つ方のブログを読んでみたいと
検索した事があったからです。
おこがましい考えではありますが、
いつかこのブログが誰かの目に留まり、
何かのお役に立てる日が来ればと思います。
日記のような感覚のため
下手な文章で読みにくいと思いますが、
どうぞ温かい目で見ていただけると
嬉しいです。
里帰り出産を選択し、妊娠後期に
妊婦糖尿病などを指摘されてしまいましたが、
なんとか順調に育ってくれました。
予定日を過ぎても生まれて来ず、
のんびり40週に突入した我が子。
居心地が良かったのか笑
なかなか降りて来ず、苦しいサインが出て
緊急帝王切開となりました。
2026年7月26日我が子爆誕
生まれてすぐ看護師さんにおしっこをかけて
大騒ぎさせる、わんぱくさでした。笑
母子同室でしたが、生まれてからも
なかなか部屋に来ず、
「こんなものかな?」と考えていましたが、
少しして先生と看護師さんから
なかなか胎便が出ず、お腹の張りが強く、
母乳も飲まない状態にあり、
ミルクを飲んでもすぐ吐き戻してしまうと
説明を受けました。
翌日には、地元で一番大きい病院に
緊急搬送されることに。
私は帝王切開の為、
すぐ追いかけられず翌日に
私もそちらの病院に転院となりました。
頭の中は真っ白で涙が止まりませんでした。
「どうしてうちの子が」と言う思いと
周りの部屋の赤ちゃんの声や幸せそうなお母さんたちを見るのがとにかく辛かったです。
翌日の精密検査結果は、大きい疾患も見つからず
お腹の張りも落ち着き一過性のものだろうと、
ここでやっと息ができた感じがしました。
初めの面会は沢山の管や機械をつけて眠る
我が子に辛くて辛くて長時間一緒にいる事が
出来ずすぐ部屋に戻ってしまいました。
辛いのは私ではないのにと、
自分の弱さにずっと泣き続けていました。
NICUでは、ミルクの吐き戻しもなく、
少しですが自力で排便も出来始め
どんどん良くなっていくので、
私の心も落ちついていき、
搾乳をひたすら運び、保育器の中の我が子を見つめる毎日、抱っこや授乳は行えずでしたが、それでもやっと生まれてきてくれたという実感がもてました。
転院から1週間ほどで、退院の目処がたち
GCUに移動、抱っこする事やミルクをあげる事もでき、8月12日には退院できると
沐浴などを練習に苦戦しながらも、
楽しい日々でした。
8月9日の退院前のお泊まりで38.9度の発熱
再びNICUに戻ることになりました。
炎症の値が非常に高く髄膜炎の疑いがあり
抗生物質の投与開始。
とても良くしてくださるお医者様や看護師さんにも「NICUにいてどうしてもっと早く」と
怒りの矛先を向けてしまってました。
看護師さんたちに、検索しないようと声をかけられていましたが、ひたすら検索する日々...
普通の熱であってくれと願い続け結果が出るまでの数日、検査結果が出たという夢を毎日見てました。
後日出た結果は髄膜炎、
ひたすら抗生剤が効いて
熱が下がることを祈り続けました。
命に別状はなく、数値も下がり、
熱も落ち着いた段階で身体の負担や傷を考え、
手術に踏み切っていなかった先生でしたが、
原因追及のため手術を行うことに、
8月19日の事でした。
かなり長くなってしまったため、
本日はこの辺りで終わろうと思います。
ここまで読んでくださった方、
本当にありがとうございました。