怠け者のなれのはて(妄想と幻想の隙間で) -120ページ目

怠け者のなれのはて(妄想と幻想の隙間で)

コメント、フォロー、金品以外の付け届けは全て受付拒否

機械  一般的な解釈では人間に有用な目的を達成する為に、物体を組み合わせて作り、これらの各部に所定の機能を与え、全体の機能を実現させたものと定義される

イメージ 1 これは生き物なのか、機械なのか?

ドゥルーズは生物の全ての水準を、集積度の異なった機械の複合体として捉えられると考えた。実在するすべてを欲望という観点から捉え、「欲望は機械である」と断言する。生命とは、さまざまな欲望が相互に織りなしている秩序である。細胞、器官、生物は、他の細胞、器官、生物を環境として前提にしながら、寄生、共生といった形態において、相互に欲望しながら生きている。機械という概念が何ら生物とと対立するものでないとしたら、技術的機械もまた欲望をもつ。生命と物質を対立させるべきでなく、生物と非生物を区別すべきではない。
そして欲望によって定義されたこの種の機械が集積複合された社会機構もまた「調子の狂った機械」別の言い方をすると「調子が狂うことを通じてしか作動しない機械」であると考えられる。
ただ機械の調子狂いが、たんなる混沌への堕落ではなく、一定の有機的な系列をもって生じることは、その系列によって故障を診断する修理技術者ならばよく知っていることである。

ドゥルーズの哲学は大きな体系なので鳥の脳みそには簡単には理解出来ない。なので間違いが多いから、決して鵜呑みにしないようにね 

  イメージ 2