増言鈴によって言霊の力を増した少年の死の宣告。
「?」
 しかし、その言の葉はめえとナナミには効かなかった。
 いや、その言葉の意味を理解できなかった。
 何故なら、めえもナナミも死を体験したことがない。
「ッチ……賭けは無理だったか……」
 言霊は相手がその言葉の意味を理解していなければ通じない。
 もし仮に、めえとナナミがこれまでに生死の堺を体験したことがあったとすれば、一気にその状態にまで陥ったことだろう。
「あ、動けるようになった」
「あ、ホントだ。めえちゃん、もっと距離を取ろう」
 ナナミの提案で二人は少年から遠ざかる。
 少年から離れても二人が少年を見失うことはまずない。
 何故なら、二人の視力は桁外れ位に高いから。


「……」
 少年は思案する。さすがに妖魔二匹を相手にするのは分が悪い。
 増言鈴を使ったことで、気力も限界に近い。
「お父様……」
 気が弱る。
 しかし、ここは彼のテリトリーではない。
 助け舟はどこからも来ない。
「クソッ……」
 焦る気持ちがさらに判断を鈍くする。


 一方、めえ達は楽観的だった。
「どうしたんだろ? 動きがなくなったね」
「ふにゅ~、疲れたのかな?」
「あ、そうそう。めえちゃん、この前借りた漫画返すね」
「お、了解了解。面白かった?」
「うん。面白かったよ。私も続き買おうかな~」
「わーい、話せる友達ができると嬉しいな!」
 脅威が薄れると、すぐに日常モードに切り替わる二人であった。


「っち……距離を取られた。言霊が届くかどうかギリギリのところだな……」
 少年は憔悴し始めていた。
 このままでは両方逃してしまう。
「クソッ……もう妖魔二匹相手に勝てる気がしない……だったら、せめてダメージを与えておきたい」
 少年は考える。
 そして、最後の手段に出た。


 ――チリン
 ――チリン
 ――チリン
 ――チリン


 増言鈴によって言霊の力をひたすら増す。
 少年の周りに濃厚な〝気〟が溢れ出す。
 少年は懐から小さな石を取り出し、カチッと擦り合わせた。
 その瞬間、石は摩擦面で小さく発火する。
 その火を言霊で強制的に強化。
「〝燃えろおおおおおおおおおおおおお!!!!〟」
 少年の手元から発火した火は油に注いだ火のように凄まじい勢いでめえ達の方に向かって地を這う。


「ナナミちゃん! 何かすごいのきたー!」
「めえちゃん、火! 火だよ!」
 日常的な会話をしていた中で、めえ達は自分達の方に走ってくる火の直線を見た。
 火は周囲の草を媒介に勢力を増し、炎と化す。
「ナナミちゃん! 水!」
「持ってないよ!」
 迫る火柱。混乱する二人。
「めえちゃん、とりあえず、横に散ろう」
「わかった!」
 火は直線的に迫ってくる。
 そこでナナミは左右に避けることを考えた。
 そして、その判断は正しかった。


「うわああっ!」
「熱っ!」
 めえとナナミが左右に避けた瞬間、今いた場所を火柱が走り抜けた。
 あのまま突っ立ていたら直撃していたところだった。
 恐ろしい。
「めえちゃん! シッポ! 燃えてる!」
「えっ? ▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ
 チリチリと燃えるめえのシッポ。
 めえは涙目になってシッポをブンブン左右に振る。
 しかし、火はさらに大きくなってしまったので、地面にシッポを押し付ける形で消火した。
「うぅ……汚れた……禿げた……」
 めえのシッポの燃えた部分の肌が露出している。
 火柱は幸運にも、進行方向と真逆に吹く強い風によってかき消された。


「ちっ……」
 最早打つ手なし。
 少年は力を使い果たし、舌打ちをして前のめりに倒れた。
「あ、倒れた」
「あ、じゃあ、もう襲ってこないかな?」
 二人はゆっくりと少年に歩み寄る。
「つんつん、つんつん」
 めえはそこらへんで拾った長めの木の棒で少年の体を突く。
 少年はただの屍のように動かない。
「大丈夫みたい」
「良かった。ひとまず安心」
「そうだね」
 二人でほっこりするめえとナナミ。


「ねえ、ナナミちゃん」
「ん?」
「この子、どうしようか?」
「うーん……」
 自分たちを襲ってきたので懲らしめてやりたいところだが、もう意識はない。
 息をしているので眠っているらしい。
 このまま放置しておくのもありだが、少年は近くで見るとやはり幼かった。
 しばらくどうしようか悩むめえとナナミであった。