「社会変換」
‐変革と書くと、血が流れたり、大声を張り上げたりするイメージがあるように思えてくるから。(日本人は、やはり伝統を重んじ、変革は不得手なのかねぇ…無意識、言語的に)
ちょっと、ほんのちょっとだけ、スペースキーを押して、ひらがなを漢字にしたような感じで、やりたいだけだから…大仰なイメージは困るんだ。
私は、日本人…日本に暮らす者は、
途上国の子どもたちのような…あんなキラキラした瞳で笑っていて欲しいと思う。
だから、そんな世の中にするために、一石を投じたいんだ。
あくまで一石…「変換」したいのだ。
さて、そんなわけ(どんなわけかは聞かない約束w)で今回の内容は
1.自身の(思考の)原点を探す
2.フィンランドと日本の教育について
3.社会変換への一石
本と文を使った思考整理は、大体板についてきたが…そろそろ「人に読んでもらう文」を心がけないとね…ってことで、読んだ方は感想をお願いしたい。
1.
…大学も3年目に入ろうとする今
春休みも2週目の今日(休みはあと7週あります)
考えるのは進路のこと。
夢を書き出してみた
やはり出るのは
国政に関連することばかり
…「大臣補佐」とか「議員政策秘書」とか…カリスマ性のなさをようやく認めたのかと嘆息する夢ばかりですが…ι(( ̄^ ̄))
それでもやっぱり大きい夢…この身にあまる大きさで…
へこむわけでございます(  ̄ー ̄)=3
それで、そんな夢をどうして持ったのかを考えた。
「不条理な死」がイヤだから
…大量破壊兵器を、この世界から抹消したい
というのが、大きな要因だ。
だけどさ
小学生の子どもが…私のような馬鹿者が…そんな「大きな」ことを考えるだろうか?
掃除してたら、中学の赤ペン先生が出てきた、国語以外壊滅的な点数のクセに…「国会議員」か「小説家」になると嘯いてやがります…orz
小学生の時のは、もう去年捨てちゃったから、ない。だから、なに考えてたかなんてわからないけど…
多分、一番身近な
「学校」について思っていたんだと思う。
学校がキライだった友だちたち、私も正直「勉強」は好きじゃなかったんだけど…そんなこと言えない「変」に「な」りたい「子」だったので、好きだと言い張ってたな。
幼少期において、多くの時間を過ごす「学校」をキライだなんていうのはおかしいと
漠然と感じ取っていたのだろう(たぶん)
そうだよ、おかしいじゃない
なんで「学校がキライ」なのが当たり前なんだ?
なぜ不登校やひきこもりが出る?
つまりは「教育システム」の異質感が私の原点ということだ。
2.
名古屋国際センターライブラリーで借りた
実川真由さんと、彼女の母親である実川元子さんの本『受けてみたフィンランドの教育』(2007年9月文藝春秋出版)の本を流し読みした。
デンマークの子育てエッセイや、ドイツの教育政策(両方とも日本人視点)なら(軽く)読んだことがあったが、
高校生とその母親の体験記は初めてだった。
そこで思うのは、
日本の教育は「お金がかかる」ということと
「やり直しがゆるされない」ということ
前者は、日本の学校にかかる費用を見ればわかるだろう。給食費やテキスト代はかかるのだ。
後者は、「学齢」と「年齢」の絶対的一致を見ればよくわかる。
高校中退の私は、「同学年の子と同じ時」に「大学進学」を希望した。
後輩の、一年海外留学した、同じ年の女の子は、「同学年」に対して気後れするという。
16歳は高校生
14歳は中学生
就職は22~25歳。
いくら大学院で良い成績を収めたって、25歳を過ぎた「新卒者」はとらないのだ。
フィンランドでは、
教師が「専門家」として尊敬され、学生は「分からないことを分からないまま」卒業したり、進級したりしない。
また「休憩する年」ヴァリヴオシというのがあるのだ。高校を出た後に、大学に行くか、就職をするか決める前にゆっくりと、バイトしたり、何かの学習をしながらバイトを探したりできるという。(バイトという言葉はなく、短期だろうがなんだろうが「仕事」という扱いらしい)
しかも、ドイツやデンマークと同じで、働いてから(または兵役を終えてから)、大学へ行くのが一般的。18で行くと、「なんでそんな若くして大学へ来たの?」と言われることも…
勿論、入試や受験はない。(ただし、分からなければ留年だ…素晴らしい!)
真由さんのホストマザー、ニーナの言葉が印象深い
『教育っていうのは、食べていける職業につながる好きなものを見つけるためにあるのだし、仕事だって本人が納得する仕事が見つかるまでゆっくり探せばいいんだから。親がやいのやいの言うことじゃないわ』
日本とフィンランドの相違点は3つ。
1つ目、資源がないということ。ここは共通している。だからこそ、フィンランドの教育政策は行き届いているのだ。日本も…力"は"入れている。ただ教育産業の発達で、国による政策はうまく働かないのだろう。(けして教育産業が悪いと思っているわけではない)
2つ目、大国に囲まれているかいないか。または「多様性」の認識。日本は島国であり、今でも「外国人」を見かけるのは殆どない。また、「外国人」として、別物扱いだ。英語だってそう。一言語、日本語と変わらないのに、めっちゃ意識されてる。対するフィンランドは、スウェーデンとロシアという大国に挟まれ、外国語を「自然に」学んでいる。この自然に、というのガツガツ勉強するのではなく、自国語と変わらぬ意識で接するという意味だ。
3つ目、人口。これがいちばん大きい、日本と北欧諸国の差だ。政策というのは、作るのが政府であっても、実行するのは市町村単位だ。対人が多ければ、税金もかかるし、政策の試行も難しい。
3.
先の相違点3で上げたように、日本では政策の試行と定着が難しい。
ので、
私は私立の学校を作りたいと思う。
そこで、私の思う「良い学校」がうまく運営できたなら、公立の学校運営にも影響を与えることができるであろう。
勿論、学校の設立や運営には利権やお金、様々な問題が生じて、難しいと思う。だが、それすらも楽しいと感じられるだけのやりがいがあると思うのだ。
一石は決まった。
後は、
変換方法を模索し
仲間を集い
実行プランを練り
実行に移すだけだ。
さぁ、楽しんでいこう。