天皇不親政論(てんのうふしんせいろん)


最初に歴史的視点から明確に主張したのは
津田左右吉(1873~1961)

古代よりこのかた、
天皇が政治権力を掌握することはきわめて稀であって、
政権を実際に握ったのは
藤原、足利、豊臣、徳川といった臣下であった。

すなわち、そこでは日本に特有な権力の二重構造が想定されている。
公家、武家を問わず、
政治権力がその時代によって異なる実力者に帰属したとすれば、
建前上はともかく、
実際上は天皇親政が実態を有していなかったことが主張されている。
したがって、天皇は政治責任を負う立場になく、
結果として天皇制が存続してきたというわけである。

こうした天皇不親政論をさらに精 糸致 化したのが
石井良助(1907~1993)である。

石井の研究では、
天皇親政が積極的に表明されたのは古代と近代という限られた時代であり、
通常は天皇が近臣らの奏上を受けてこれを形式的に裁可していたとする。

石井も津田同様、
不親政こそが天皇本来のあり方で、
古代と近代の天皇制国家は例外的存在であるとみなしている。
もっとも、古代と近代にあっても天皇親政論が成り立つかどうかには大いに疑問がある。

院政の開始まで
他の者が権力を行使したとしても、
国家主権者としての天皇の地位は不動であった。

大日本帝国憲法により
明治国家は天皇制国家の体裁を整えたが
その内実は複数の国家機関、諸政治アクター間の競合状態に置かれた。
立憲君主制の下に輔弼ほひつ機関である内閣と協賛機関である議会との争議は 木区 密院の勧告を受けて天皇が裁定にあたった。
こうした近代国家における天皇のあり方は昭和10年(1935)前後に表面化した、
いわゆる天皇機関説事件によってより鮮明となった。


【笠原英彦著

歴代天皇総覧 皇位はどう継承されたか
中公新書1617】

はじめにより


つまり、

天皇自身が政治を行わないようにしたから

 天皇制は何年も、何百年も続いた

ということかな?



=上の本について=
笠原 英彦
歴代天皇総覧―皇位はどう継承されたか