今度、高校時代からの友人が結婚式を挙げる。もちろん参加する予定だ。その間、子供は夫が見る。

 私は社会人になる前からの友達に自分の子供を会わせたことがない。今後も会わせるつもりはない。写真も「見せて」と言われない限りは見せない。その理由は友達の前ではあの頃の自分でいたいし、あの頃の関係を続けていたいからだ。あの頃の私は今と比べ物にならないほどロックな奴だったはずである。当時の私は結婚する気が無かったし、彼氏を作る気も無かった。「家に他人がいるとか無理」と言っていた。当然、子供も欲しくなかった。

 大学を卒業し、就職し、生涯独身の人生設計をしていたが、社会人数年目にして夫に出会い、出会って1年後には結婚していた。これが若さか……。まだ私も若く勢いがあったし、年下の夫はさらに勢いがあり、ほぼノリで結婚した。結婚したことに後悔はないが、結婚したことは若気の至りだと思っている。今、夫と結婚するかと言われれば、絶対にしない。事実婚で良い。結婚した結果、気に入っていた自分の名字が消え、金にならない家事負担は増えた。お互いフルタイムで働いているため、もちろん生活費は5:5で折半である。育休中の今も5:5だ。私にとって結婚とは「今からお前の名前は千だ」と名を奪われ、名のある川の主を丁重に接待した日にもお銚子一本しかつけてもらえない、まさに終わりの無い油屋暮らしである。

 仕事では千ではなく荻野千尋の方の名を名乗っているが、職場では「なんで名前を変えないのか」と聞いてくる妖怪が後を絶たなかった。本来、名前という超個人的なことに関して他人を納得させるエクスキューズは不要のはずだ。その上「子供は?」「早く子供産まないと」と言ってくる妖怪も相当数いた。「仕事あるんで」と返すとキョトン顔である。実際、我が家に第一子が誕生したのは結婚6年目だ。私にも夫にも大事な仕事があるのだ。

 話が激しくそれたが、私は友達の前ではロックな尖った奴でいたい。子供が乳離れしたら友達と旅行もしたい。断っておくが、これは私自身の問題である。今度の結婚式に友達が子供を連れてきたり、年賀状に子供の写真を印刷して送ってきたりすることに否定的な感情は無い。友達は尖っていてもいなくても友達だ。しかし、私は尖っていないと私じゃないと思っている。