女司祭ー危機三部作・第三部/クレタクール
クレタクールの「危機三部作」は第一部が映画、第二部がオペラ、そして今回の第三部が演劇と表現スタイルがシリーズなのに変化するという面白いスタイル。この舞台もまた「たった一人の中庭」同様、今世界を分断させている何かを別のカタチで突きつけてくる。今も偏見や差別、境界線が世界中いたるところに引かれまくられ、状況は悪化している。インターネットで世界はつながりフラットになったつもりになっていた。そう実は何もわかっていないし、つもりになった人が増えただけだった。そしてメディアには流れないものが逆に増えているように感じてきている。コミュニティ回帰を都会では謳うが、田舎では閉鎖的な腐ったコミュニティが今もなお残っているのも事実だ。本当の意味で混じりあわなければならないんだと思う。隣人とも、国を越えても。観客も制作者も。大も小も。演出の部分では、観客を巻き込むレベルの舞台はよくあるが、この舞台では観客もある意味、出演者の一部で、自主的にではあるが、多少セリフを考えて言わなければならないところまできた。なぜなら子供たちに問われてくるからだ。しかも真剣な眼差しで迫ってくる。この世界的な危機の前では人類すべてが当事者なんだよと迫ってくる。グローバル資本主義が草も生えないほど荒らしまくった場所で、新しい今を捉える舞台やアートが出来上がってくる。しかし、荒らされた後のひどい経済状態の皺寄せでなのか、劇団は国からの助成金などが出ないたいへんな状況で作品を制作している。