SHIMOKITAZAWA Neighborhood
世界のいろんな街を見て来て、自分たちが好きな共通点があります。それは、歩きやすいことだったり、個人オーナーががんばっているお店がたくさんあることだったり、街角で刺激的な何かを見つけられたり、赤ちゃんからお年寄りまで楽しめることだったり、昼間からビールが飲める雰囲気があったり、おいしいパン屋さんとコーヒー屋さんがあることだったり、いい本屋さんとレコード屋さんがあることだったり、音楽やアートやファッションが身近にある、そんな空気です。私たちが下北沢を好きなのもそういう空気を持っている街だからだと思います。その下北沢は今、小田急線の地下化によって起こる開発の問題を抱えています。
そこでポートランドの事例が気になって手にとったのがこの本です。ここに登場するポートランドの住人たちの肉声は刺激的で、きちんと客観的に分析しながら生活しているのが興味深く、何より現状の危機感も感じ取っている、レベルの高い住人たちだと思いました。ただ「まとめ」とは死でもあります。残念なことに、ここにはもう微妙に作為的な臭いがプンプンしてきてしまっています。旅をする人間がすぐにわかる記号がちりばめられ、まるで世界の気持ちのいい場所のパッチワークのようにも感じてしまうのです。だから下北沢の未来を考えた時、もしかしたら、雑草が生えていくように、逆に放っておくのがこの街にとってはいいことなのではなかろうかというところまで、この本を読んで考えが至ったくらいです。もちろん、もがく過程も重要で、市民運動などがやっていることは、住民やそこにやってくる人々の意識を変えていくことになっているし、様々な意見や運動が意識の化学反応を起こすのだと思います。いろんな人々がガチャガチャとやるカオスこそが次を生む大切なもので、あとは自然発生的な流れが魅力的な生態系を維持して行くのではないでしょうか。残るは暴利をむさぼったような家賃設定を改善して、個人のオーナーががんばれる場を提供することと、道幅と建物の高さの制限をすることがもっとも重要です。それには心ある人が地権者や知事でないとやはり難しいのです。下北沢だけでなく、これからの世界の維持には誠実で心があるということが求められる時代です。新しい人は成長だけを唱えるより、澱ませない循環を考えているのではないでしょうか。


