雲の彼方
家族でも自分以外のケータイは貸しにくいので、電子書籍は今のところ人やデバイスに紐づきますが、紙の本はその家や建物に紐づきます。だから本を所蔵していれば、情報がその家の財産になるのだと思います。とはいえ今後最終的には、すべての本がデータ化していくのだとは思います。現在のように一冊づつ買っていくのではなく、年会費とかの料金で本だけでなく、音楽、映像などの膨大なコンテンツデータにアクセスするようにはなるんだと思います。今の印税みたいなものもアクセスされた回数で換算されて行くんだろう。個人が所有するという概念はだんだんと薄れていくし、本を置いておくスペースをリアルに持つことは贅沢なことだと言われるようになるんだろう。所有すること自体がノスタルジーな行為になる日が来て、手触りや匂いの価値は高騰していくだろう。でもその感覚を楽しめなければ、虚しいだけだろう。本だけでなく、人間が所有をしなくなったら建築も存在意義をなくすのだろうか?小さいケータイやカバンが建築と考えるようになってきている。建築は欲望のカタチなのだから、消費が小型化してケータイだけで生きることができる方が大多数になっていくんだろうか。昔「モノより思い出」という広告を作ったが、では、そうなった時の思い出の入れ物はどこになるんだろう?新しい人類は思い出も所有しないようになるのかな。デジカメのデータが物語っているように、思い出こそ所有から共有すべきなのだから、すべては雲の彼方へ、か。
