横浜でいろいろ観た。どちらも70年代生まれの人たちだ。束芋は70年代生まれは断面の世代と定義していた。団塊の世代の塊のような集団ではなく、個人主義だという。チェルフィッチュも一般的なルールを懐疑的にみる、超個人的な情報の集合した舞台だった。ぎりぎり70年代な私たちも、身勝手でどこかいつも客観的で冷めた目線を持っているのかもしれない。ある意味、自分のことも人ごとなのだ。テクノロジーによってネットワークが容易になることで、つながることはいつでもどこでもできるようになったが、何となく重い鎖のようにも感じる瞬間があるのだ。