豊かさとは、ものを所有しているというより、よい友人を持っているというより、多くの存在の中からそれらを選択する力なのです。



それは、自分自身で獲得できるもので、誰にでも可能です。



しかし、同時に自分自身が選択される存在であることを意図しなければなりません。



豊かな人は選択する力を持っているので、結局選択される必要があるのです。



これらは双方向でおきるため、結局豊かな人はより豊かになるわけです。

心が満ちるとはどういうことか明確にする必要があったのでその探求をしてみた。



いろいろな思考が湧き上がり、そしてそれらがただの印象であることがわかると過ぎ去っていった。



結局、心が満ちるということは、今まで自分が思ってきたさまざまな感覚で心がいっぱいになるというよりもすべてのものが心から除外された状態といったほうがいいのかもしれません。



それは、蒼穹のような澄み切った空のように何も入っていない状態のことではないかと思います。



つまり満ち足りているとは、何もなくても満足できる精神状態なのです。

気づくチャンスは日常生活にたくさん転がっています。



それも大いなるきづきです。



でも、それを手にするのは本当にわずかな人間だけです。



なぜでしょう?



気づくとは、エネルギーの量や質、そして方向性のすべてがそろって初めて可能だからです。



そのような意味では、モンロー研究所のやり方は高等すぎるかもしれません。



上記の3種類ができて初めてかのうだからです。



もちろん、ヘミシンクがある程度助けてくれますが、それでも高等技術と思います。



他の信念体系でも、モンロー研究所のやっていることはほぼ最終段階の修行者のテーマですから。



高い領域の探求は、そのため本気で取り組まないといけないものなのですね。