ワークといっても知らない人にはわかりづらいですが、練習のことです。



とにかく、練習をやり続けました。



今まであまり気にしなかったことなども改めて探求するとどのようなものとして自分が認識しているのか、まったく不明瞭だったものが明確になっていきます。



これが、とても心の中をすっきりしてくれて、世界だけではなく自分が明確になっていきます。



自己理解というものは、ある意味安堵感を感じさせてくれます。



おそらく世界中で不安を抱えている人は、自分自身への理解をする時間と努力をしていないからでしょう。



モンロー研究所のやり方も自己理解を深めますが、私自身の経験では浮世離れしすぎているように思えます。



また違ったアプローチを持っていることは、2本の足で立つようなもので、相乗効果が期待できると思います。

今回は本当に自分の奥底まで探求するつもりできているので、収穫量がまるで氷見のぶり並みに高いです。


恐怖というものも解体することで、いろいろな奥底にある変わった思い込みに支配されていることが明白になりました。


なぜ他人を気にするかということでも、結局、他人を気にしていないと安心できないという考えが出ました。


でも、「気にしている」限り安心なんてできません。


すごい矛盾ですが、それでも信じているとこの矛盾でずっと気にしたままです。


まるで薬を手に入れるために毒薬を飲み続けるような。


他にもざくざく出てきます。
自分の意識を探っていくと、価値=神という概念が出てきました。


価値がすべてを作っているという考えです。


人も価値がなければ、生きる資格がない状態ですね。


でも、価値って、それを認識する人が存在しないと存在し得ないところは神と一緒です。


誰も信じなくなればそれまでです。


また、意味がなければ意味がないという考えもありました。


確かにそうなんだけれど、だかあらといって意味についても同様ですね。


意味というのがすべての土台にあると深いレベルで信じていたので、意味がないことにはまったく関心がありませんでした。


また、他人から価値がないという風に思われることや、意味がないと扱われるのも恐れていたようです。


諸刃の剣ですね。