ぜんまい仕掛けの子守唄[1] | エヴィリオスシリーズ考察用ブログ

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mothy/悪ノPさんの描くエヴィリオスシリーズの世界に魅せられました。
マイペースに自己満足の考察をしてみようと思います。
基本的にネタバレは考慮しません。
矛盾点の指摘でも、自分もそう思う!でも、ご自由にコメント頂けると嬉しいです^^

るりらでおなじみのClockwork lullaby。シリーズを通して重要なシンボルとなっています。ナンバリングは現在Ⅵまで。針音ノ時計塔は入るんでしょうか?
ちなみに、追想のオルゴールはClockwork requiem。ぜんまい仕掛けの鎮魂歌って感じですかね。
悪ノ王国のシークレットトラックにも、るりらるりらと響く唄なんていうのがありますね。

各曲間で共通するモチーフを読み解くことで、エヴィリオスシリーズの世界観の一端をひもとくことができる、のかもしれません。


◆廻り続けて溶けてゆく
「花のような思い出たちも 泥のようなトラウマさえも 廻り続けて溶けてゆくの 全て私の中で」(ぜんまいⅠ)
「友情 トラウマ 正義 幻覚 希望 破滅 夢 欲 愛 死 全てを溶かして廻り続ける ぜんまい仕掛けの子守唄」(茶番カプリシオ)

ポジティブとネガティブの対比が見られるところは、言葉遊びに通じるものがありますね。

ぜんまい仕掛けの子守唄は、人生における悲喜こもごも、さまざまな要素すべてを溶かしこみ、廻り続けている。

「私の中で」という言い方から、ぜんまいⅠのリンは、「ぜんまい仕掛けの子守唄そのもの」というようにも感じられます。

ぜんまいⅠに年号がつかない理由はそれかもしれません。あくまでシリーズ全体のるりらのテーマであり、年代を特定するような曲ではない、とか。

ちなみに、「思い出」と「トラウマ」のセットは、小説三巻冒頭の海辺の修道女のモノローグにも登場します。



◆唄へと変えよう
言葉遊びでポジティブな言葉もネガティブな言葉も覚えたリンは、ぜんまいⅠでそれらを唄へと変えています。

一方、Re_birthdayでは、廻り始めたぜんまい(ミク) が「罪が決して許されることはない」と語り、それに対してレンは「水という言葉 悪という言葉 僕らはそれらを唄へと変えよう」と答えます。僕らは~からはリンも一緒ですね。

「僕ら」って誰なんでしょうか。カプリシオのメンバーでいけば、イレギュラーと待つ者ですかね。ただ、この二人の正体もなんだかはっきりしないので、結局よくわかりません。まあ、そこらへんはまた別の記事で^^;
人形館長のいうイレギュラーの役目、に関係ある気もします。

「水」「悪」は言葉遊びからの流れでしょう。ただ、「悪」はまだわかるとしても、「水」のチョイスは…どうしてでしょうね?


[2]へ続きます