久しぶりですー。



三月に次女が生まれまして、生命の凄さと、神秘さ、そして寝不足にしんどさ(笑)

を日々感じて忙しく生きておりましたー。


今回の出産も立ち会いしました、おまけに”ヘソのオ”まで切りました。

ゴム管を切っているみたいな感触でした。


その後胎盤が出てくるのですが、これがレバーみたいでグロい!

不思議な臓器ですよね。


出産の時にだけ出来て、赤ちゃんに栄養をあげつつ、異物である赤ちゃんを

なぜか拒絶反応が起きずにそだてることができ、おまけに血液型も違うのに

赤ちゃんと母体との血液と栄養のやり取りができる。


手のひら二つ分ぐらいの臓器です。


これを機械で作ろうとおもったら、今の科学力ではむりでしょうけど、

それこそ工場プラントみたいな規模になるんじゃないですかね。


これが神秘でなくてなんと表現すればいいんでしょうか?


まだまだ人体は人知を超えた存在なんですね。

今の医学はその入り口にたっている感じだと思います。


本当の仕組みは恐らく目に見えるものだけを研究していてはたどりつけない、

目に見えないものも研究しないと真の構造は見えないと思っています。


赤ちゃんを見ていて思います。

記憶が無いはずなのに、なぜ生まれて数週間ですぐ笑顔を作れるのか?

寝ているときに夢をみている反応を見せるときがありますが、

生後間もないのにどういう夢をみているのか?

それらがすべての説明を反射として片付けてしまっているうちは、

人体の真の構造を理解できないと思っています。


赤ちゃんに関しての神秘は他にも感じるのですが、またそれは後ほど。



最近は、世界の変化がめまぐるしいですよね。


表向きのニュースには何も変化がないですが、


日本に関しては都合が悪いことは相変わらず隠されたままです。


原発は核燃料が溶けて地下深くに潜ってしまい、地下水を汚染しているようです。

現在地下800mまで核燃料が溶け落ちているみたいですが、

人類史上初の事故なので、だれも解決方法は分かりません。

このまま溶け落ちるところまで手をこまねいているのが現状です。


無能な集団の政府と東電ではおそらく解決は不可能でしょうね。


太陽に変化が起きているようです。


太陽にも極があり、N極、S極に分かれている見たいですが

最近日本の観測衛星(ひので)が観測すると

なんと両方の極がN極になりつつあり、

赤道付近がS極になりつつあるそうです。

来月中には極の変化が完了するみたいです。


これに対しての地球への影響は正直わからないでしょうね。

一応10年後に寒冷化すると言われていますが、


それだけではないような気がしますね。


もっと大きな変化(カタストロフィーではないです)が起きると思います。


目に見えるものだけでなく、地球の人々の意識の変化にも影響を

与えるんじゃないかと思っています。


脳波は電磁波であり、電磁波は磁場と電場が関連していますので、

太陽磁場の影響が意識に及ぶことは間違いないですね。


そういえば太陽に謎の木星級の黒い玉が太陽になにか注入している

ような動画がありましたが、これも変化のウチjの一つでしょうね。

http://www.youtube.com/watch?v=5AwrJQ7V6bw&feature=player_embedded



他にも太陽系内ではいろいろ変化がおきているみたいです。


火星では原因不明の地上から数百㌔上空までなにかもやのようなものが

吹き上がっている現象が地球から観測されたり、


木星の極から原因不明のX線が出ているみたいですし、


天王星も正体不明の発光現象が大気内で起きているみたいです。


徐々に変化が起きているということですね。


地球の経済ではこれは本当なのかどうなのか、まだ確証が私にはないのですが、


FRB(連邦銀行)が倒産するそうです。


もちろんこんなことが起きれば、世界の経済は破綻するでしょうね。


まーそれはそれで悲観することはなにもなく、いい世界になりそうです。



恐らくマヤ暦の2012年の節目の件は、こういった惑星レベルでの変化に

ともないいろいろ変化が起きるという節目を計算したものなんでしょうね。


そんな周期をしっているマヤ人何者?という感じですね。


とにかく今年は目に見えていろいろ変化が起きる年みたいですね。

みなさん洞察力を身につけて共に乗り切りましょう!




今、仕事で東京に来ています。一ヶ月ほどの滞在ですので、

久しぶりの独身生活という感じです。


ちょっと寂しいですが、落ち着きますね。


2,3日前にノンヘミ状態で夢をみました。


しかも結構覚えていました。


以下夢の話↓


家の窓が小さく振動していました。


なんだろうと思って、外を見ると、徐々にどこかから、

ものすごくでかい異星人の宇宙船が現れました。


それも無数に。


初めて至近距離で見たので、UFO好きで、UFOが来ても僕は絶対に怖くないし、

喜んで乗せてもらうよ!ぐらいの気持ちの準備は出来ていたはずなのに、


それでもやっぱり未知のものに対する恐怖を感じました。


どんな宇宙人なのかは見ることができませんでしたが、


なんとなく感じたことは僕たちと同じ人間型というでした。


友好的だと思うのですが、よく分かりません。


宇宙船も滑らかな円盤という感じではなく、

機械がむき出しのゴツゴツ感がある宇宙船でした。


これで終わりです。


そして本日見た夢は、


どこで出会ったかしりませんが、


なぜか椿鬼奴と不倫をしてました。


最後まで行為はしていませんが、危ういところでした。


そして、なぜか鬼奴が僕に惚れてしまい、


家庭も持っている僕は、

めちゃくちゃ後悔しているという感じでした。


あー夢でよかった。





特に今日はこれといったことはないんですが、


たまたま数字の数え方を調べていました。


よく小学校の頃に、友達と言い合いになると、少しでも自分を大きく見せるために、

お前の何億倍も俺はスゴイ!何兆倍もさらにスゴイ、何京倍も・・・


と言い合って最後には無量大数(むりょうたいすう:10の72乗)という単位で終わるわけですが。


宇宙の年齢と言われている150億才を秒になおしても、約432垓(ガイ)秒なんで、


無量大数という呼び方があっても、

通常では使うこともないぐらい超巨大数なんですが、


これ以上の単位はないと思っていましたが、


まだまだ上の数の呼び方があるみたいなんですね。


なんと無量大数の上は・・・


洛叉(らくしゃ)


以外と普通。

と思ったら、まだあります。


倶胝(くてい)


これで終わり?


と思ったらまだあります。


阿ゆ多(あゆた)
那由他(なゆた)
頻波羅(びんばら)
矜羯羅(こんがら)
阿伽羅(あから)
最勝(さいしょう)
摩婆羅(まばら)
阿婆羅(あばら)
多婆羅(たばら)
界分(かいぶん)

・

・ たくさんあって

・

阿麼怛羅(あまたら)
勃麼怛羅(ぼまたら)
伽麼怛羅(がまたら)
那麼怛羅(なまたら)
奚麼怛羅(けいまたら)
べい麼怛羅(べいまたら)
鉢羅麼怛羅(はらまたら)
尸婆麼怛羅(しばまたら)

終わり?


まだあります。


・

・ いろいろあって

・

不可思転(ふかしてん)
不可量(ふかりょう)
不可量転(ふかりょうてん)
不可説(ふかせつ)
不可説転(ふかせつてん)
不可説不可説(ふかせつふかせつ)


そして最後の呼び方は

不可説不可説転(ふかせつふかせつてん:10の37澗 (かん)乗)


乗数でしか表現できないぐらいのすごい数ですね。


世界を見ると、まだこれより大きい数字の呼び方がありました。


1googolprex=1不可説不可説転の270那由多乗

検索エンジン大手のグーグルはこれを間違って申請した名前と言われています。


先生・・・もうわけ分かりません!!


適当に数えたら無量大数以上の数の呼び方は約120個ありました。


他にも、読み方は分かるけどいったいどんな数字が分からないものがあります。


それは

「劫」(ごう)です。考え方が二つあり


・芥子劫
40里四方の大きい升に芥子粒(けしつぶ)を満たし、100年に1粒ずつ取り出していって、全部なくなった時点で「一劫」


・盤石劫
40里四方の大きい石を置き、天女が100年に1度舞い降りてその羽衣で拭いていき、石が擦り切れて無くなった時点で「一劫」


もうなんなんでしょうね?


数字というよりなんだか分けが分かりません。


もうデカイ数字過ぎて、無限すぎてもう0なんじゃないの?と思うぐらいです。



ここで不思議に思うんです。


使いもしない、なんでこんな巨大な数の読み方を考える必要があるのか?


想像できることは存在するという話ですが、


こんな巨大な数を想像できるということは、存在しているわけで、


どこに存在しているんだと思うと、おかしくなってきますよね。


どういうことで、こんな巨大な数が存在しているのか?


無限というものの認識に必要なのか?


そもそも無限なんて認識できるのか?


小ささにもかなりの呼び方があり、

これも意味がわからないぐらい小さなものまであります。


どういうことなのか?


人間の体を構成している素粒子の数を数えても

恐らく 1不可説不可説転 までは行かないと思います。


不思議ですよねー。


考えたら、恐ろしく小さな数えることもできない、

個数の素粒子が集まって、目に見えるものが存在してるのですが、


有限なものに見えるのに、目の前にあるものは、

すでに無限個に近い物が集まって存在している。


なんだか不思議な感じがします。


そべてに無限が組み込まれているような。


なんでそんな構造なんだろう。


巨大数を考えていると、小さな単位も同じぐらいあるので、どちらもほぼ無限にあり、


宇宙には有限というものが存在しないようにも思えてきます。


でも目に見える物はちゃんと数えることができる有限。


でも無限で構成されている・・・


なんなんだ、わけが分からなくなってきた。


この数の呼び方は仏教での呼び方だそうです。


でも、なんだかこの宇宙のモデルは量子力学に似ていますね。


最新の科学がやっと昔の宗教の教えに追いついた?


やっぱりこれが真実なのかな。



ちなみに、一番小さな数の呼び方は 

涅槃寂靜(ねはんじゃくじょう:10のマイナス24乗)です。