教師になる夢をあきらめて20年後、学校で働きだして、いかに自分が子供が好きかを思い出した裕子。
最初は給食のおばちゃん、今は特別支援学校の介助員をしている。
最初は驚いた。
うちは母子家庭やし、あたしの学費で家計は火の車なはずなのに、
どうしてそんな発想がでるのか、と思った。
でも、それは自治体がお金出してくれるのでなんとかなるらしい。
次に、悲しくなった。
裕子曰く、もうわたしと姉は子供ではなく、独立した別にんげんだそうな。
彼女の子育ては終わり、我々姉妹は、他人に近い感じ?というか、対等な関係のひとであって、
自分があれこれ将来を心配して手をかける存在ではなくなったのだ。
なので、子育てがしたい、らしい。
あと、ゆうこは将来わたしたちに世話になる気も毛頭ない。
母は完全に子離れをした。
正直、子は未だに親離れ出来ずにいる。
一番好きな人は?と聞かれたら、迷わず答えは裕子になる自分。
マザコン?笑
でも一生そうやと思ってたし、それでいいと思ってた。
私にとっては裕子は一生親だと思っていたが、私はもう裕子の子ではないみたい。
裕子が生んだ一'にんげん'なのだ。
今でも別に裕子がそばにいなくても生きていける。
でもやっぱり心の支え。
相談とかは全然せんけど、
でもやっぱり物事の判断基準、善悪は彼女の影響うけまくってる。
でも、今日裕子にああ言われて、もっと強く自分という人生を生きなきゃあかんなと思った。
親離れして、自分で自分を支えて、自分の判断基準で生きていかなきゃいけない。
甘えてはいけない。生きてる責任自分で背負わなくてはいけない。
私から離れて裕子は、他の子の親になる。
私はそれを笑顔で見つめる近所のおばちゃんになる。
おもろくて、その子から尊敬されるおばちゃんになりたい。
でもでも
やっぱり裕子を一番あいしてるから、
近所の菊池裕子さんを一番あいしてるおばちゃんになりたい。