- きつねのはなし/森見 登美彦
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正体不明の通り魔。
僅かに交錯しながら展開する、狐を巡る幻想譚。
うーん。
面白かったし、十分好みの系統の物語だったけど、ワンスパイス物足りなかった。
たぶん、好みか、好みじゃないかのわずかな分かれ目。
森見さんは、この手の、関連するけれども、少しずつ食い違っていくパラレル的な連作短編が好きなのかな?
だけど、内容的には、これまでの本とは異なるもの。
ファニーな、駄目大学生の物語ではなく、奇妙で薄暗く、妖しくも美しい幻想譚。
夏目漱石の夢十夜や、内田百閒の冥途みたいな雰囲気だけども、あそこまでぶっ飛んではいない。
基本的には狐をめぐる短編で、どれも舞台は同じだけれども、
少しずつ設定が異なっていて、主人公も違う。
その僅かな違いが、すっきりしない怪談のような違和感を持って味がある。
蓮芳堂のなつめさんが素敵。
森見さんは女性を描くのが本当に上手い。
もの凄く強い憧れがあって、夢のように愛らしい女性像を書くんだと思う。
物静かで、丁寧な言動のなつめさんは、1作目では重々しくも罪深い過去と動機を持ち、
最終話では、怪異の源である屋敷の主人ということになっている。
この人のことを想像すると、なかなかぞわぞわしていい。
儚くも恐ろしい幽霊や妖怪みたい。
話は完全に重なっているわけじゃないけど、各話が同じ世界だと仮定すれば、
なつめさんは始めは古道具屋だったのに、最後には狐に捕われて、屋敷の主人になっちゃったのかな?とか、
藪の中みたいに、人それぞれですれ違っていく話だと仮定すれば、
ある人にとっては被害者、ある人にとっては加害者の存在なのかな?
とか、色々想像できる。
もちろん、各話が完全に独立していると考えて、この話では被害者、この話では加害者、
と完全に割り切って考えてもいい。
話的には、通り魔の話が一番好きかな。
身近な人物で感情移入しやすいし、高校生達の秘めやかな秘密が恐ろしくも面白い。
管狐(と思われる妖異)をめぐる幼馴染たちの秘密、主人公が実は犯人だった、というオチ、
良質の怪談だと思う。
はっきりとは書いてないけど、最終話でおそらく答えとして用意されてる、
怪異の源の話もいい。
狐の妖怪の話はたくさんあるけれど、理由や目的がいまいちハッキリしないところや、
陰惨ではないにしろ、人間側に容赦のない不幸が起こるのも良かった。
やっぱり、唯一物足りないのはセンスかなぁ。
森見さんが40か50くらいで、こういうの書いたらもっといい味が出るのかも。
はっきりと、これが物足りない!と言い切れないくらい、淡い違いなんだけども、
現代作家でいうと、川上弘美の龍宮くらいの雰囲気があればもっと良かったなぁ、と思う。
文章自体の詩的な美しさだとか、怪異の幻想性の高さだとか。
もう一歩踏み込んで、美しすぎて怖いような、純粋すぎて切ないような雰囲気があれば良かったかなぁ。
とはいえ、個人的な趣味なので、実際そうなって面白いかどうかは未知数。
ともあれ、森見さんはこういうのも書けるのか、というのは嬉しい収穫。