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原発・放射能はもとより、環境に悪いものから子供たちを守るには・・・?!

http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2012/01/22/20120122ddm010040062000c.html


◆電力業界の政治献金

 ◇経営陣は自民、労組は民主へ


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 経営陣は自民へ、労働組合側は民主へ。電力業界は労使双方が2大政党に資金を提供し続けてきた。原発を持つ電力9社やその子会社の経営陣らは 09~10年に、個人献金の形で自民党側へ約8000万円を提供したとみられる。電力各社の労組と労組を母体とする政治団体計21団体が、09~10年に 民主党の総支部や党所属国会議員へ提供した資金も少なくとも6876万円に上る。

 

 電力9社は74年以降、「公益事業を行う企業にふさわしくない」として企業献金廃止を掲げる一方で、自民党を中心とする国会議員のパーティー券購入を続けてきた。さらに役員や幹部、OB、子会社役員が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に個人献金をしてきた。

 

 電力会社の名簿と氏名が一致する個人献金を国民政治協会の政治資金収支報告書から拾うと、09年分約4500万円、10年分約3500万円に達す る。同姓同名の別人分が交じっている可能性はあるものの、拾い上げた献金は会社の役職のランクに応じた定額になっており、そろって12月に行われるなど組 織性をうかがわせる。

 

 各社は「献金は個人の意思で行われた」と会社の関与を否定している。一方、自民党関係者によると、電力各社の対象者には、振り込みで献金するよう依頼してきたという。ただ、「必ずしも幹部全員に応じてもらっているわけではない」ともいう。

 

 10年の東京電力の場合、勝俣恒久会長と清水正孝社長(当時)は30万円だった。役員は社外取締役・社外監査役を除く21人全員の氏名が収支報告 書にあった。執行役員は5万円、本社の部長や子会社役員は3万円、本社の部長代理クラスや支社長の一部も1万円を献金していたとみられる。東電とその子会 社で、名簿と氏名が一致する献金者は300人を超え、総額は約1000万円だった。

 

 10年分を見ると、中部電力関係者が約500万円、四国電力関係者も約400万円の献金をしていたとみられる。

 

 電力各社の労組とその上部団体である電力総連、労組を母体とする政治団体は、民主党国会議員や党総支部に献金したり、パーティー券を購入するなど した。総額は少なくとも09年に3591万円、10年3285万円。資金提供を受けた民主党国会議員は2年間で少なくとも30人に上る。

 

 10年分でみると、電力総連の政治団体「電力総連政治活動委員会」が、東電労組出身の組織内議員、小林正夫参院議員(比例)の同年の選挙支援に計 2650万円を拠出した。同政治活動委員会など電力総連関連の13政治団体が、民主党原子力政策・立地政策プロジェクトチーム座長だった川端達夫総務相関 連の政治団体のパーティー券を166万円分購入。川端氏は電力総連と同じ旧民社系の東レ労組出身で、事務所は「長い付き合いで頼んだ」と説明した。

 

 「中部電力労組政治連盟」は、岡田克也副総理のパーティー券を09年、10年ともに26万円分購入した。

 

 電力総連の内田厚事務局長は「数万円のパーティー券購入で政策を左右できない。(議員側からの依頼を受け)応分の役割を果たした」と話している。

 

 ◆外郭39団体

 

 ◇補助金3600億円、天下り60人


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原子力発電に関連する事業を実施している国と自治体の外郭団体39団体に対し、年間約3600億円の 補助金などが支払われていることが毎日新聞のまとめで分かった。延べ60人の元官僚が団体の役員として天下っており、原子力関係予算の一部が「官」の内部 で再配分されている実態が浮かぶ。

 今回まとめたのは、39団体の09年度決算データ。うち28団体に国と自治体から拠出された補助金、交付金、委託料は合わせて約3669億円に達 し、ほとんどは国からだった。国からの収入が最も多かったのは、「もんじゅ」を運営するなど多数の原子力関連研究を展開する日本原子力研究開発機構で、約 2004億円。39団体には原子力関連事業が主要事業ではない団体なども含まれる。

 

 国家公務員の天下りは20団体、60人に上り、経済産業省原子力安全・保安院や旧科学技術庁の出身者が、役員報酬のある団体の会長や理事に就いて いるケースが多かった。複数の団体の役員を「掛け持ち」している元官僚もいる。原子力安全委員会の元委員が役員に迎えられているケースもあった。

 

 都道府県が所管する外郭団体の多くは、原子力発電の安全性を地元にアピールする広報事業を実施している。福島第1原発事故で警戒区域に指定されて いる福島県大熊町にある「福島県原子力広報協会」には、県と原発周辺の6市町から委託料として年間約1億円が支払われていたが、現在は休眠状態となってい る。

 

 ◆関連研究へ巨額資金

 

 ◇大学の「依存」鮮明に

 

 大学の原子力関連研究は、国や原子力関連企業から受け取る巨額の研究資金に強く依存している。毎日新聞の集計では、11国立大学の関連研究に対し、06~10年度の5年間に、少なくとも104億8764万円の資金が提供された。

 

 ほとんどを占める受託研究で目立つのは、文部科学省からの資金提供が高額であることだ。高速増殖原型炉「もんじゅ」開発をはじめ、「軽水冷却スー パー高速炉に関する研究開発」(2億1781万円、東京大、09年度)▽「原子力システム高効率化に向けた高耐食性スーパーODS鋼の開発」(2億 1244万円、京都大、同)--など億単位が目立ち、期間が数年にわたるケースもある。

 

 一方、企業からの受託研究は、「放射性廃棄物地層処分等のための基盤技術の研究開発」(西松建設→東大、105万円、10年度)など、数十万円か ら数百万円規模がほとんど。「原発推進」の国策の下、毎年巨額が計上される原子力研究開発予算が、大学の研究を支えている構図がくっきりと浮かぶ。

 

 共同研究の相手は日本原子力研究開発機構や、電力業界が設立した電力中央研究所などの研究機関が目立つ。

 

 奨学寄付金の多くは1件あたり数十万円から100万円前後。受け取った寄付金は大学が管理するが、ほとんどは研究者個人あてで、使途にも制限がないことが多い。

 

 東京工業大の有冨正憲教授は5年間に、使用済み核燃料の輸送などに使う容器「キャスク」の設計・製造会社「オー・シー・エル」などから1885万 円の寄付を受け取った。学会出席の旅費や7人いる研究員の人件費、学生への学費援助などに使ったという。有冨氏は「共同研究費や受託研究費と違い、残金を 翌年度に持ち越せるので、途切れることなく人件費や学費援助を支払えるのがメリット」と話す。

 

 東工大出身の研究者は「研究者の評価は1年に何本の論文を出したかで決まる。いい論文を出すには、金をかけて実験をしなければいけない」と言う。

 

 班目春樹・原子力安全委員長(東大教授)も委員長就任前、06~09年度の4年間で原子炉メーカーの三菱重工業から計400万円の寄付を受けている。

 

 最も多く奨学寄付金を支出したのは、原子力関連企業を中心とした任意団体「関西原子力懇談会」(5155万円)。京大など関西の大学を中心に寄付 した。同会によると、09年度以降は公募制で、研究者が提出した研究計画を選考して1件に年間50万円を支出したが、「協賛企業名や資金は明らかにできな い」(広報担当者)という。

 

 2位は三菱重工業の2957万円。大学に資金を提供する理由について、「研究成果が当社の技術開発につなげられる。また、我が国の原子力産業の技術力の向上につながると考えられる」(広報・IR部)と回答した。

 

 しかし、国や企業から資金を提供してもらえるのは、原発推進の側に身を置いている研究者だけだ。原発批判の論客として知られる京大原子炉実験所の 小出裕章、今中哲二の両助教には06~10年度、「原子力マネー」の提供はゼロ。両氏への唯一の外部資金は今中氏が10年度に広島市から受託した「広島原 爆による黒い雨放射能に関する研究」(42万円)だった。

 

 一方、大学の情報公開の問題点も浮かび上がった。今回の集計は情報公開請求で開示された資料に基づいたが、大学によって公開度にばらつきがある。 特に九州大は、受託研究が全て非公開で、共同研究も受け取った金額を明らかにしない。寄付を受けた研究者名も示さず不透明さが際立つ。大阪大は契約の相手 や研究テーマが黒塗りで判別不能の共同研究と受託研究が計2億8134万円に上る。東北大は10月に行った情報公開請求に対し、いまだに公開していない。

 

毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊



http://www.sanyo.oni.co.jp/feature/shakai/earthquake2011/news/2012/01/22/20120122103638.html

 首都圏から岡山県へ移住を希望する人を対象にした県主催の相談会が21日、東京都内で開かれた。80人を超える相談者が詰めかけ、開催時間を急きょ延長して対応した。東日本大震災、福島第1原発事故を受け、安全な土地への移住を望む子育て世代が目立った。

 会場では県と、笠岡、瀬戸内、高梁市、久米南、吉備中央町が相談ブースを設営。住宅や就職、移住支援制度の相談に応じた。

 正午の開始間もなく来場者が殺到し、一時は30分待ちに。終了予定の午後4時を過ぎても相談者が途切れず、1時間延長した。県が昨年1月、東京で試行開催した際の参加は7組だったが、この日は計57組82人に上った。

  妻、3歳の長男と来場した浅井克俊さん(37)=東京都世田谷区=は原発事故以降、水はミネラルウオーター、食べ物は西日本産などに徹底する生活。「水道 水も安心して飲めず子育てに困る。仕事さえ見つかれば今日にでも移住したい。岡山は原発からも遠い。移住の第一候補」と話した。

 夫婦で訪れた会社員男性(42)=相模原市=は「見えない放射線は怖い。老後の田舎暮らしを考えていたが、震災を機にすぐにでもと考えた。岡山は災害が少なく、大阪など都会に近い」と語った。

 神奈川県の会社員男性(26)や30代女性もそれぞれ、幼い子どもの放射線被害を心配しての来場だった。

  岡山県への移住希望者は関西圏に多く、県の相談会も大阪府で年5回開催してきた。震災以来、首都圏からの移住の問い合わせが増え、東京で初めて本格開催し た。今回の反響に県中山間・地域振興課は「来場者の多さに驚いた。来年度は東京開催をさらに増やすよう検討する」と話した。

(2012年1月22日掲載)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120122ddm001040077000c.html

◇資金調達、直弟子に寄付

 

 06~10年度、東京大で原子力を専攻する研究者が受け取った奨学寄付金を集計すると、意外な結果が出た。最も多額の寄付をしたのは、「IIU」 という無名の株式会社で計600万円。三菱重工業(計567万円)やIHI(計400万円)などを上回る額だ。寄付額6位にも、NPO法人「日本保全学 会」(計327万円)という耳慣れない組織が顔を出している。

 

 背景を探ると、学者自身が企業や学会を作り研究資金を調達している構図が浮かんだ。

 

 IIUと保全学会には共通点があった。ともに03年、宮健三・東大名誉教授が設立し、トップを務める。IIU本社は東大本郷キャンパスから100 メートルほどのビルの一室にあり、保全学会事務局も同居する。宮氏は東大で原子炉機器工学を研究。01年の退職後も原発老朽化対策を検討する国の委員会の 委員長などを歴任し、学界の重鎮として知られる。

 

 両組織からの東大への寄付は、ほぼ全てが大学院原子力専攻長を務める上坂充教授と、同じ研究室の出町和之准教授あてだ。両氏とも宮氏の教授時代、研究室に助教授や大学院生として所属した「直弟子」にあたる。

 

 IIUの登記簿などによれば、原発の維持管理技術開発などが主な業務で、電力会社からも仕事を受託。独立行政法人・原子力安全基盤機構から助成金を受けたこともある。

 

 保全学会も原発の維持管理技術がメーンテーマ。法人会員には電力各社や三菱重工業、東芝など67社が名を連ね、役員は研究者や電力会社幹部が務める。10年度収支計算書によると、2049万円の会費収入のほか、講演会の事業収入などが4628万円あった。

 

 上坂氏らに集中して寄付するのはなぜか。宮氏は取材に当初、保全学会の寄付について「上坂先生らが参加する保全学会の分科会で、軸受けの損傷を測 定する技術を研究している。その研究への助成金」と説明した。支出の手続きについては「分科会には主査や幹事もいて、参加者の合意で審査している。メン バーは個人情報なので言えない」と答えた。IIUについては「私企業なので」と説明を避けた。

 

 ところが、保全学会が発行する学会誌の記事から「審査」の状況が判明する。

 

    ◇

 

 東京電力福島第1原発事故を経験しても、この国の「原発推進」体制は変わっていないように見える。なぜ抜け出せないのか。構図を追う。


 ◇学会分科会参加、事業者から年1500万円

 

 日本保全学会(会長、宮健三・東京大名誉教授)の学会誌「保全学」10年7月号に、「『状態監視技術の高度化』に関する調査検討分科会」の活動報告が掲載されていた。まさに宮氏が挙げた、軸受けの劣化を監視する技術の研究などがテーマの分科会だ。

 

 実は、分科会全体の主査は宮氏本人だった。「技術」と「調査」のワーキンググループ(WG)があり、技術WGの主査は上坂充・東大教授。調査WGの主査は、保全学会副会長で、財団法人発電設備技術検査協会の山口篤憲氏が務めた。同協会の理事には宮氏が名を連ねる。

 

 自分たちで審査し自分たちに支出する「お手盛り」だったのではないか。改めて宮氏に取材すると、「他の参加者にも諮って民主的に決めている」と説明する。上坂氏は東大広報課を通じて「多忙のため取材に応じられない」と回答した。

 

 この分科会には、原子力を巡る「業」と「学」の関係も如実に投影されている。

 

 学会ホームページによると、分科会には大学などの研究者のほか、原子力関連の企業22社、化学プラント事業者など原子力以外の10社が参加。研究 者は無料だが、原子力関連事業者は年50万円、それ以外の事業者は年40万円の参加料が必要だ。この分科会だけで電力会社などから年1500万円の研究資金が集まることになる。

 

 電力各社はこれ以外に、年15万円(1口)の法人会員費も払う。複数の社が電気料金への上乗せを認め、最終的に負担するのは国民だ。

 

 なぜ、企業側は協力するのか。電力各社は「学会の活動の成果を当社の原子力プラントの保全業務に反映させることが安全を確保するという観点から、法人会員として参加している」(東京電力)などと説明する。

 

 だが、技術評論家で元日本原子力研究所研究員の桜井淳氏は別の見方をする。

 

 「東大の先生に自由に電話でき、訪問できるパイプを作るためだろう。例えば、電力会社が経済産業省へ許認可を申請し、審査担当者から『この結論の 根拠は』と聞かれた時、『東大の先生に助言をいただきました』と言える。審査側からみれば大変なお墨付きで、それだけで『それでよろしいでしょう』という くらいの意味を持つ」


◇処分場、故郷誘致図る イベント主催「安全と説明を」

 

 宮氏の活動はこれだけにとどまらない。

 

 05年8月6日、長崎県・五島列島の小さな集落、新上五島町奈良尾地区で「科学まつり」が開かれた。放射線測定などの実験ブースが並び、 「NUMO」(原子力発電環境整備機構)とロゴの入ったトラックも到着。荷台を改造した展示スペースには、高レベル放射性廃棄物最終処分場の安全性をPR する模型や図表が並んでいた。

 

 主催したのは「日本の将来を考える会」(IOJ)というNPO。代表は宮氏だ。宮氏は奈良尾集落の出身。「理解を深めてもらうための活動」と言うが、実態は故郷への最終処分場誘致活動だった。

 

 登記簿によれば、IOJの活動は「エネルギー問題などの解決に貢献するための啓蒙(けいもう)及び実践活動」。所在地もIIUや日本保全学会と同じ東京都内のビルの一室だ。役員は大学の研究者や電力会社幹部などで、保全学会役員との兼務も少なくない。

 

 反対運動を始めようとしていた同町の自営業、歌野敬氏(60)が会場を訪れると、リハーサルの最中だった。歌野氏によると、宮氏は説明担当者に 「専門的な説明をしても一般の人には分からない。『絶対安全』と言いなさい」と指導していたという。宮氏は「7年も前のことだから記憶にないが、そんなこ とを言うはずがない」と反論する。

 

 誘致活動は05年春ごろ、宮氏から建設業者の町議に連絡があったのが発端だった。「島の振興策になる。まずは勉強してみたらどうかという趣旨だった」と町議は振り返る。宮氏に資料を送ってもらい、建設業者や地域活性化の活動をしていた町民ら数人で勉強会を始めた。

 

 同年6月には宮氏の勧めを受け計2回、NUMOの費用負担で町議や町民計29人が青森県六ケ所村の核燃料再処理施設を視察した。こうした動きが7月に新聞報道で表面化。住民の反発が高まり、誘致活動は立ち消えとなった。

 

 今、町議は「国内に処分場をつくるのは、国民感情からいって無理だろう」と話す。その後、宮氏と連絡は取っていないという。

 

 宮氏は「原子力なしでこの国はやっていけないという信念を持っている」と話す。昨年11月、IOJのホームページに掲載した論文で、東京電力福島第1原発事故後の「脱原発」の動きを批判した。

 

 「原子力は電力を30年以上にわたって安定供給する貢献をしてきた。それにもかかわらず国民に正当に評価されていない。評価されていないどころか 『放射能』を放出するものとして負の面だけが強調されており、今では反対派とこれに同調するマスコミは原発廃止を訴え続けている」

 

 ◇大学内の異論、「ムラ」が圧力 東電社員「留学して。費用は出す」

 

 東京大を頂点とする「原子力ムラ」には、異論を唱える人を排除してきた歴史がある。東大工学部原子力工学科1期生の安斎育郎・立命館大名誉教授(71)は、東大助手時代から、さまざまな圧力や嫌がらせを受けた。

 

 「江戸時代の村八分は葬式と火事は別だったが、(福島第1原発事故という)火事が起きているのに手伝わせてもらえない僕は『村九分』かもしれない」

 

 安斎氏が原子力工学科に入ったのは1962年。次代を担うエネルギーに魅力を感じたからだ。「放射線の安全管理が鍵」と考え放射線防護学を専攻。医学部に移って助手となり、「科学者の社会的責任」を掲げる日本科学者会議に加わった。

 

 会議の一員として呼ばれた原発立地予定地の勉強会で、原発の安全性を巡って住民の質問攻めに遭った。政治や経済まで必死に勉強した結果、次第に疑問が膨らんだ。そして32歳だった72年、日本学術会議で国の原子力政策を批判したのが転機となった。

 

 研究費が回されなくなり、研究発表は教授の許可制となった。大学院生を教えることも禁じられた。

 

 地方に講演に出かけると、「安斎番」と呼ばれる東京電力社員が後をつけてきた。研究室の隣の席は東電から派遣された研修医。「安斎さんが次に何を やろうとしているか探るのが任務だった」と後に告白された。東電社員に飲みに誘われ、「3年ばかり米国に留学してくれないか。費用は全部持つ」と持ちかけ られたこともある。「ここからいなくなってくれ、という意味ですがね」(安斎氏)。

 

 86年に立命館大に移るまでの17年間、安斎氏は助手のままだった。「安全性は、自由な批判精神の上で一歩一歩培われる。自由にものを言わせないこの国の原発開発が、安全であるはずがない」

 

 特殊法人「日本原子力研究所(原研)」(現・独立行政法人日本原子力研究開発機構)も同様だった。

 

 原研の元研究員で技術評論家の桜井淳氏(65)によると、原発建設が相次いだ60年代後半から70年代、軽水炉の安全性に疑問を呈した研究員が左 遷されたり、昇任できないなどの例が相次いだ。67年には旧科学技術庁の指示で、研究発表が許可制になった。桜井氏は「見せしめ的な人事で反体制的な人間 が出ないようにした。その体質は今日まで続いている」と話す。

 

 日本原子力研究開発機構によると、現在も研究員が学会などで発表する際には機構の許可が必要だ。=つづく

 

毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊