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さるうさぎのブログ

原発・放射能はもとより、環境に悪いものから子供たちを守るには・・・?!

http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/kansai1330515523974_02/news/20120302-OYT8T00085.htm?from=yoltop

支援頼みやめ 「自分たちも働く」

福島第一原発から1700キロ。2月の那覇市は、福島の遅い春を思わせる暖かさだ。

 市民会館の和室に19日、東日本大震災の被災地から沖縄県内に移った県外避難者ら約100人が集まった。避難者でつくる「つなごう命・沖縄と被災地をむすぶ会」が開いた交流会。有機野菜の即売会や楽器演奏が続く会場は、子ども連れの母親たちが目立った。

 「沖縄に来てから、思う存分、外で遊ばせられるようになった」と、7歳と2歳の息子を連れて避難している久保田美奈穂さん(33)は喜ぶ。「ただ、仕事の都合で地元に残った夫とは、今後の話をすると、いつも口論になる。先の見通しが立たないのがつらい」

 家計を支える夫は仕事のために被災地に残り、妻子だけが避難する――。こんなケースが県外避難者に目立つ。

 「7割は母子避難ではないか」と、70世帯約200人の県内への避難を支援してきた社団法人「つなぐ光」の中川角司事務局長(49)は言う。高齢者が多かった1995年の阪神大震災当時の県外避難者とは、全く様相が異なる。

 遠隔地にもかかわらず、沖縄への避難者数は、大阪、兵庫、京都に次ぐ西日本4番目の約1000人(復興庁調べ)。

 原発から遠いため放射能汚染の心配が少ないことに加え、沖縄への交通費や住居が決まるまで1か月間のホテル滞在費、モノレールの無料乗車カード支給など、行政の支援の手厚さもあって、今も月約40人のペースで増えているという。

 働き手も一緒に暮らすには避難先での就労支援が重要だが、受け入れ先の地方も雇用情勢は厳しい。

 長引く避難生活のなか、自立に向けた動きもある。

 福島県伊達市から札幌市の雇用促進住宅に家族で避難した宍戸隆子さん(39)は昨年7月、同じ住宅に住む避難者たちと自治会を結成した。約120世帯が加入する。お互いに顔もわからない避難者を結びつけ、知りたい情報を持ち寄る。

 宍戸さんは「支援におんぶにだっこではなく、自分たちも動かなければいけない。自治会が行政との窓口にもなれる」と話す。

 自治会で避難者向けの一時保育も始めた。保育士の資格をもつ避難者らが子どもを世話する。「母子避難の母親が仕事に出られるようになり、避難者の雇用創出にもなる」と言う。

 2月11、12両日、小雪が舞う福島市に、各地で避難者支援を続ける約50団体が集まり、初めての全国集会を開いた。

 「見通しのない避難生活をあきらめて、被災地に帰ってしまう避難者が目立つ」

 限られた資金や人員で、手探りで活動を続ける団体が多い。抱える悩みは同じだ。「情報やノウハウを共有して、支援の課題解決につなげよう」と、今後、支援団体による全国協議会を結成する動きが加速した。

 立命館大政策科学部の桜井政成准教授(NPO・ボランティア論)は「避難者の個別事情に合わせた、息の長い『伴走型』の支援が必要だ。そのためにはNPO・ボランティアだけでなく、企業や住民団体、行政など異業種的なネットワークづくりが重要になる」と指摘する。

 県外避難者は、阪神大震災当時、支援の網から漏れ、「見えない被災者」とも呼ばれた。

 避難者自治会代表の宍戸さんは昨年12月、参院復興特別委員会に参考人として出席し、平野復興相ら閣僚にこう呼びかけた。

 「ここにいる皆さんに、私が、見えていますか」

(2012年3月2日 読売新聞)




http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012030290070441.html


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福島第一原発事故による影響で、東京湾の荒川河口付近の海底で放射性セシウムの濃度が上昇していることが近畿大の山崎秀夫教授(環境解析学)の調査 で分かった。国は現時点で東京湾で調査を行っておらず、山崎教授は「今まさに原発事故由来の放射性物質が、首都圏の放射能濃度の高い地域を流れる河川から 東京湾に届いたところ。今後の推移を見守るため、国による継続的な調査が必要だ」と指摘する。 

 山崎教授は昨年八月以降、湾内の三十六カ所で海底の泥に含まれる放射性セシウム134と137の濃度(一キログラム当たり)を測定している。

 このうち、荒川河口の若洲海浜公園近くの地点では、泥の表面から深さ五センチの平均濃度が八月に三〇八ベクレル、十月に四七六ベクレル、十二月に五一一ベクレルと上昇。ほかの多くの地点でも濃度は上がる傾向で、湾の中央より河口付近で比較的高い数値が測定されたという。

 ただ、いずれの地点も一〇〇〇ベクレル以下で、国がそのまま埋め立てできるとする基準の八〇〇〇ベクレルを大きく下回っている。

  山崎教授は、核実験が盛んだった一九六〇年代に、河川から琵琶湖に流入したセシウムの研究データから、地形が似る東京湾へのセシウム流入のピークを一、二 年後とみる。「半減期三十年のセシウム137はとどまるものの、半減期が二年の134は急速に減っていくため、今後、濃度が著しく上昇することは考えにく い」とする。

 河口付近の四地点では、約一メートルのアクリル製の筒を使って、泥のどの深さまで134が含まれているかを測定した。その結果、最も深い場所では二十四~二十六センチで検出された。

 東京湾の河口付近の海底では泥が堆積するスピードは年間一、二センチ程度といい、「泥の中を動き回る底生生物によって運ばれた可能性がある。このまま放射性セシウムが河口付近の泥の中に深く潜ってくれれば、湾全体への拡散が抑えられるだろう」と話した。

 山崎教授は東京湾で採取した魚介類の濃度も測定。検出限界値以下か多くても一〇ベクレル以下で、「このまま推移すれば全く問題のない数値だ」と指摘する。

 東京湾は湾口が狭く、外洋からの海水が流れ込みにくいため、閉鎖性の高い水域とされる。国は二月十七日から、東京湾に流れ込む荒川で放射性物質濃度の測定を始めており、四月以降、湾内の海水や海底の泥などの本格的な調査を始める。

(東京新聞)


http://mainichi.jp/area/okinawa/news/20120302rky00m040003000c.html

2011年3月11日に発生した東日本大震災から11日で1年を迎えるのを前に、琉球新報社は1日ま でに宮城、岩手、福島からの県内避難者を対象にアンケートを実施した。回答者の71・2%に当たる世帯が「古里に帰りたいけど、不安がある」と答えた。今 後の沖縄への滞在期間は「永住」(24・3%)も含め、2年以上の滞在を決めている世帯は43・9%に達した。県内には福島からの避難者が多く、東京電力 福島第1原発事故の放射能汚染による影響で、帰郷に踏み切れない人が多いとみられる。(本紙31面に関連、28、29面に特集)

 沖縄が避難場所に適していると感じている世帯は92・5%、知人らに沖縄への避難を勧めている世帯も34・9%に上っている。適しているとした理由で一番多かったのは「住みやすい」で、「周りの人が温かい」「放射能汚染の影響が比較的少ない」と続いた。

 県防災危機管理課によると2月23日現在、県と市町村が把握する自主避難者を含めた避難者は987人でうち宮城174人(17・6%)、岩手9人 (0・9%)、福島691人(70・0%)、3県以外113人(11・4%)。県別で避難者数の統計を出し始めた6月以降、20~70人ずつ増加し続けて いる。

 避難者が帰郷を希望しても戻ることができない現状や、避難者が沖縄での居住を知人らに勧めている現状もあり、今後も県内への避難者は増加しそうだ。

 避難者の受け入れについて専門家は「避難者を『孤立しない、させない』ということが重要だ」「避難者と沖縄がつながり、考えることが必要だ」「継続支援は必要だ。今後の支援内容を再検討する必要がある」などと指摘している。

 「帰郷についてどう考えるか」との質問に対し、「古里に帰りたいけど、不安がある」が71・2%(47世帯)で最多だった。「古里に帰りたい」は7・6%(5世帯)にとどまった。「古里に帰りたくない」は15・1%(10世帯)だった。

<調査の方法>

 2月15、16の両日、多くの避難者を受け入れている県内市町村を通じて避難者世帯にアンケート用紙を配布。27日までに県内で開催された避難者 らが集まるイベントなどでもアンケート用紙を配った。配布したのは177世帯で66世帯から回答を得た(回収率37・8%)。内訳は宮城県16世帯、岩手 県2世帯、福島県48世帯。

(琉球新報)

2012年3月2日