核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威 | さるうさぎのブログ

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原発・放射能はもとより、環境に悪いものから子供たちを守るには・・・?!

ソ連の冷戦時代の核実験がおこってから60年後の実態についてのビデオです。
原発事故ではありませんが、放射能被害についての克明な記録があります。
とくに内部被ばくについてよくわかります。
このビデオでわかる参考になりそうな情報を書き出しておきます。

核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威~(1)
http://www.dailymotion.com/video/xhpuxe_yyyyyyyyyyy-yyy-yyyyy-1_tech

ソ連で死の灰と病気との因果関係はないとされてきた。
日本でも、広島について、国は直接うけた放射線のみと原爆症と認め、きのこ雲や黒い雨の影響は認めていない。
放射能は半世紀以上ソ連(現在のカザフスタン)のセミパラチンスク村の村人の体内で放射線を出しつづけていた。

カザフの核実験場爆心付近にのこる放射線量 約30マイクロシーベルト/時
当時3歳だった女性、その後原因不明の病に襲われる(吐き気、胃痛など)30歳後、胃などに腫瘍ができ、その後心筋梗塞になる。両親、兄、姉もおなじガン・心筋梗塞でなくなっている。その村ではガンや心筋梗塞が多発、でもソ連は核実験との因果関係を否定しつづけてきた。
ソ連崩壊後、調査が行われてきた。

核地上実験で4回死の灰が地上に降った。
爆心から100kmはなれたドロン村での、死の灰が到達した時の最高被ばく量 約28ミリグレイ/時=約28ミリシーベルト/時(ガンマ線、ベータ線などの場合)
その後放射線は減少、その後60年の積算は350ミリグレイ=約350ミリシーベルト
参考:
最新の測定値が継続すると仮定した場合の年間の積算推計値は、伊達市霊山町石田が20.1ミリシーベルト、同市霊山町上小国が20.8ミリシーベルト、南相馬市原町区大原で23.8ミリシーベルト(出典:http://www.asahi.com/national/update/0605/TKY201106050409.html
つまり、南相馬市に15年住みつづけると、ドロン村の60年分の放射線を被ばくする事になります。
=広島の爆心付近と同じ

核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威~(2) http://www.dailymotion.com/video/xhq2hl_yyyyyyyyyyy-yyy-yyyyy-2_tech

広島原爆投下一ヵ月後、アメリカ軍は広島の放射線量を調べ、わずか4日後、科学的な根拠を示さないまま「広島に放射能は残っていない」と発表。
→それが元で日本の国は死の灰・黒い雨と病気の関連性を認めなかった。
広島の黒い雨の犠牲者の女性、34歳で子宮ガンに。心臓の調子もよくない。
妹も子宮ガン、弟は前立腺ガンなどにかかり、、兄弟7人中ひとりは白血病、ひとりはガンで亡くなった。
黒い雨が降った後、住民に吐き気、眩暈、脱毛が出たかの聞き取り調査をしたところ、20%が肯定した。国は救済拒否。
セミパラチンスク村、死の灰を浴びた住民2万人のカルテ、1950年から30年間、ソ連は健康状態を調べていた。核実験を行いながらデータを蓄積。死の灰の健康への影響はソ連は否定し続けながら、調査をしていた。
参考:日本も国は放射能の健康への影響を否定しつづけている。
結果:放射能被ばく量とガン発生率は比例する
セミパラチンスク村の場合、2倍。
直接被ばくよりも死の灰の方が死亡率は高くなる。
つまり、瞬間被ばくよりも長期被ばくの方がガンのリスクが高くなる!
原因として考えられるのは、飲食による内部被ばくbyグロッシェ博士
カイナール村ではだるさ、疲れやすさが訴えられ、慢性的な病気にかかり、ガンになていった。



核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威~(3)
 
http://www.dailymotion.com/video/xhq2hv_yyyyyyyyyyy-yyy-yyyyy-3_tech

カイナール村の村人の染色体異常が見つかった。
死の灰が降って半世紀後でも染色体異常が見つかる。
原因:プルトニウムは体の中に残り、そこに血液が回るごとに被ばくしているから。
参考:政府は「プルトニウムは体外排出する」と言っている。

食物内の死の灰が住民に危険をもたらす。
ソ連 生物物理学研究所 ワジーム・ロガチョフ氏
「内部被ばくは特に乳製品の影響が大きい」
「ソビエトは核戦争に備えて内部被ばくのデータを蓄積しておかなければならなかった」
ソ連は住民を実験台にしていた。