2011現代倫理論6.日本のマスコミが「理想とした社会」とはなにか?(12/30)
日本のマスコミがなぜ環境問題、原発事故、年金や国債などで十分な報道をしなかったのか?「なぜ、ウソをつく必要があるの?」という質問を多く受けます。おそらくは、1)正義感、2)販売量(視聴率)、3)お役所からの締め付け、4)記者クラブ意識(上から目線)、5)広告費を貰わないとやっていけない、などが基礎的にあり、その上でこの複雑な社会で、「そのまま伝えては影響が大きすぎる」とか、「どのような反響があるかわからない」、「理不尽な攻撃を社会から受ける」などの心配があったものと思います。
(平成23年12月30日(金)
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ま、この一年は、もうひとつはですね、「何でマスコミはそんな嘘つくの?」っていう質問を何回も受けました。
「1年1ミリシーベルト」というのは法律とか通達にあるにもかかわらず、ほとんどそれを無視するような報道が続いたりですね。ま、そういうことでした。
もう一つ地球温暖化問題で私よく言われるんですよ。「温暖化すると、南極の氷は増える」と書いてあるものを、IPCCですよ。国連の機関で“増える”と書いてあるものを、日本のマスコミが“減る”と報道した、と。
「何でそんなことをする必要があるんですか?」って質問で、これに答えるのが大変なんですよ。
だってもちろん、ウソつく必要ないわけですからね。IPCCなんですからね。
地球温暖化に関する政府間パネルの正式報告書が、「温暖化したら、南極の氷は増える」と書いてあるわけですから。そのまま報道するのが一番楽ですよね。それなのに「減る」と、こういうふうに伝えたと。
「これはどうしてですか?」って聞かれましてね。いつも困るんですよ。ぜひNHKに答えて欲しいですね。
NHKがなぜウソをついたのか?っていうことを、誤報したのか?っていうことを、やっぱりNHK自身が言ってくれないとですね。皆が納得しません。
で、おそらく私ね、まず第一に「正義感」があると思うんですね。その人の考え、環境を守るべきだとか、原発事故を報道しちゃいけないとか、そういう正義感がある。ま、この正義感というのが合ってるかどうか別にしまして、本人はそれが正義だと思ってる、と。
それから販売量とか視聴率がやっぱり気になりますからね。あんまり世の中と違うこと言うと、皆が新聞買わなくなるんじゃないか、とか。視聴率が下がっちゃうんじゃないか、ってまぁ心配がありますね。
それから、お役所からの締め付けもあるんですよ。これね、私、憲法違反じゃないかと思うんですが。
私のところに時々、他の先生とか教え子からですね、「経産省がこう言ってきた」とか「環境省がこういうふうに電話してきた」って話があるんですけど。ちょっと信じられないような話なんですよ。
例えば、『こういう放送は問題だ』というような。そういうのはこれ、いけないんですよね。
「放送免許、取り上げるぞ!」なんて言ったら、これはもう脅迫になっちゃうわけですけどね。
まぁ、それを匂わせるという。
それから記者クラブ意識っていうのは度々指摘されてますけど、「上から目線」といいますかね。「我々は特権階級だ」と。ま、これもやっぱあるでしょうね。私が上から目線を一番強く感じたのは、新聞がですね、「投票に行け」って書いてあるときにびっくりしたんですよ。いやいや、投票に行くかどうかは国民の権利で、新聞社がですね、投票に行けということを紙面にするというのがおかしくてですね。投票所がどこにあるかというのを書くのは新聞社の役割ですが、投票に行くか行かないかはそれは国民の判断ですからね。
投票率っていうのも国民の意思のひとつですから。選挙のときに意思を示すことができない、ってそれはないわけですよ。それはあの、国民は投票に行くべきだっていう考えはありますよ。考えはありますけど、投票っていうそのものは、自由な心で投票するってことですから。投票に行かなくてもいいわけですよ。投票したくない人もいるわけですから。そのときに白票を投票してもいいけども、行かないというのも同じなんですね。ですからこれはびっくりした例です、私が昔。
それから、もうひとつはよく言われますけども、広告費をもらってるから、と。東電の悪口はいえないよ、と。こういうのは基礎的にあるんですね。
まぁ、マスコミの責任でもあるし、また受け入れる側の国民の責任というか・・・そういうものもあるんでしょうね。
で、そういったのが基礎にあってその上でですね、「これをこのまま伝えては、影響が大きいんじゃないかな?」って心配するんですよ。まぁ多くのマスコミの人が、やっぱサラリーマンですからね。
昔みたいに一匹狼の新聞記者、なんてのはいるわけじゃありませんから。それからもうひとつは「反響がよく分からない」ってことがあるんですね。事実をそのまま伝えることに終始していれば、「私は事実を伝えたんです」で済むんですよ。だけど複雑な社会になりますとね、事実そのものがはっきりしないっていうことが多いんですよね。地球温暖化なんか、その一番いい例ですね。事実そのものがよく分からない、こういうやつですね。
それからもうひとつは、「1年1ミリ」みたいなものは法律を十分に読まなければいけない、っていうようなことでなかなか難しいんですね。さらに1年1ミリを1年5ミリに上げるときには、千年から一万年に一遍の事故じゃなくちゃいけない。ということが、誰かが言ってるのか?とかね。これはもう安全委員会のずっと使ってる指針なんですけども。
それをこう、勉強するのに少し時間が掛かる。ってことがありますね。
それからもうひとつはね、理不尽な攻撃を社会から突然受けて、販売部数が激減するんじゃないか?っていう、そういう心配がやっぱりあるんですよね。つまり、バッシングを受けることがあるんですよ、マスコミは。もう「買うな!」とか言われたりね。そうすると困っちゃうってことがあって、やっぱり事実を伝えない。そいで一回事実を伝えないクセがつきますとね、次にまた事実を伝えるときに「こんなこと言っていいの?」とかってなるわけですね。
ま、今年「セシウム牛」ってまぁ冗談みたいな話がちょっと放送に流れたら、もうその放送局も潰れるばかりだったんですよね。っていうのはその、スポンサーが全部引いちゃうんですよ。不適切放送っていうんで全部引いちゃうんですね。そうするともう「スポンサーが引くぞ!」って言われるから、それを報道できなくなったり、ある人を出せなくなったりするんですね。
えー、正に共産主義、「お金の共産主義」って言いますかね。共産主義は権力の共産主義なんですけれども、スポンサーが引いてしまうっていうことで、報道ができなくなってしまうっていう、こういうことも今年はありましたね。
私自身も若干、そういう目に遭ったんですけども。ま、このマスコミが、何か理想とした社会というか、社会に迎合した社会観というのを持っててですね。それに従ってしまって、少しずつ少しずつ事実から離れていく、っていうことありましたね。
私、年金の問題なんかもですね、ものすごく不祥事があったのに、責任者が一人もマスコミに出てこないっていうんで、非常に不思議な感じがしました。例えば、年金の社会保険庁の長官なんていうのはですね、もうこれ、名前も顔もすっかり判ってるはずなのに、よく分からないんですよ。それはあの、報道されないからですね。
それから、社会保険庁の長官もマスコミに全然出てこないわけですね、責任者なのに。
赤字国債なんかも、必ずしも十分に報道されてないんですよね。
それからまぁ、中には埋蔵金なんていう、民主主義にはありえないような言葉が出てきてですね。国民の税金なのに、国民に知らせてないお金がものすごくある。一時20兆とかいわれたんですけど、ちょっと考えらんないぐらいあるわけですね。で、その金が何のために貯金としてあるのか?っていうことも判んないわけですね。
別にお金の額言わなくてもいいんですよ。「国家には、いざという時に必要な金を取っとかなきゃいけない」と、
「それは金額は言えないけども、相当大きな金額を貯めて、日本国としてもいざに備えてます」と、説明すりゃいいんですからね、必要であれば。ところが最近「もう埋蔵金は無くなっちゃった」って言うんですよ。「使い尽くした」って言うんですね。埋蔵金を使い尽くしたって言うことはどういうことか?っていったら、必要のない金だったってことでですね。これ何で国民が知らないの?っていうことになるわけですね。
よくマスコミの偉い人と話しててほんとに思うんですけど、マスコミっていうのはですね、自分の知ったことを国民に知らせる、それも重要なことから知らせる、っていうことに生きがいを感じて働いてる人じゃないかと思うんですけども、逆なんですよ。
よくですね、マスコミの偉い人と話していると、「武田さん、実はこうなんですよ」って言うんですよ。いや、「実はこうなんですよと私に言うんなら、新聞に書いたら?」って言いたくなっちゃうわけですけどね。
「あ、そうですか」って僕は言うんですけど。
あれ?そんな重要なことを新聞に書かないの?、実はこうなんですけどってことを新聞に書かないということは、新聞読んでる人は分からないってことになるんですね。
「じゃあなた、事実が分かんない新聞書いてんの?」
「いや、その通りなんです」って、まぁそういうことになるわけですね。
ま、そういうこともあって、マスコミの問題は非常に難しい問題ですね。これはマスコミだけを批判してもダメで、やっぱり社会、もしくはもちろんスポンサーの場合、スポンサーの倫理、こういったものがやっぱりある、と。スポンサーは内容に口を出さないって言うのが原則ですからね。
ま、経営も出しちゃいけないんですよ。経営もスポンサーも、報道のところに口を出してはいけない。それは広く言えば憲法違反だからと、いうことになります。いい社会を作っていくためにはですね、まだまだ日本でやらなければならないことが多いように思います。
(文字起こし by danielle)