こんばんは!ヘロリです![]()
本日は私の大好きな宮澤賢治のオススメ童話を紹介したいと思います。教科書にも載っていることの多い宮澤賢治の作品ですが、今回は教科書に載っていない作品も含めて紹介していきたいと思います。
第一位 「虔十公園林」
<あらすじ>
知的障害者で綺麗な心を持った主人公の「虔十(けんじゅう)」は、周囲にバカにされながらも少しずつ杉苗700本を植えていきます。虔十は木を植えた数年後には亡くなってしまいますが、少しずつ成長した杉の林は、虔十の死後も子供達の遊び場として残っていきます。ある日、昔その村から出て、アメリカの大学教授になっている若い博士がその村に15年ぶりに戻ってきます。村には鉄道が通り、15年前にあった田畑はほとんどが潰れて家が建っているのに、何故か虔十の林だけは子供達の集まる場所として残っていて、博士が「ああまったく誰が賢く、誰が賢くないかはわかりません。ただどこまでも十力(仏の持っている十種の力)は不思議です」と言ってその林を「虔十公園林」としていつまでも保存するように提案します。
<おすすめポイント!>
まさに現代の「ダイバーシティ経営(多様な背景を持った人材の活用)」の処方箋ともなるような、100年前の作品でありながらある意味で先進的な内容を持った作品だと思います。そして自分が生きた時代に評価されなくとも後世の人々のためになるものを残すことの大切さや尊さを教えてくれる本です。人や物事の本質的な価値は、表層に現れる実利的な側面だけでなく、その人が持つ心の美しさによって決まることを私たちに教えてくれるような作品だと思います。
第2位 「グスコーブドリの伝記」
<あらすじ>
イーハトーブ(架空の村名)の名高い木こりの息子として生まれたブドリは、暖かい家族に囲まれて楽しく過ごしていましたが、11歳の年に冷害に伴う飢饉で両親を亡くし、妹を連れ去られ、天涯孤独の身となってしまいます。その後ブドリは天蚕糸(てぐす)工場の労働者として拾われてしばらく働きますが、近くの火山噴火の影響でその工場も閉鎖してしまいます。その後偶然出会った「山師を張る」と言っている男の手伝いをブドリは申し出て、そこで沢山勉強して、植物の病気を食い止めながら稲を上手く育てたのですが、干ばつの影響で主の畑が立ち行かなくなってしまいます。ブドリは主の元を離れ、勉強の過程で出会った「クーボー博士」の学校を訪ね学びます。博士の紹介によってブドリは「イーハトーブ火山局」で働き始めます。火山エネルギーを用いて雨や肥料(硝酸アンモニウム)を降らすことに成功し、その年のイーハトーブに豊作をもたらします。連れ去られた妹とも再会し、火山技師として楽しく暮らしていたブドリですが、27歳になる年に、寒い気候がまたやってきます。自らの父母のようになる人が出ないよう、ブドリは火山島を噴火させることで炭酸ガス(二酸化炭素)を増やして気候を温暖化させることを思いつきますが、そのためには誰かが最後まで火山島に残って犠牲にならなければいけません。ブドリは最後まで一人島に残り、火山島は噴火し、気候は暖かくなってイーハトーブに豊作をもたらしたのです。
<おすすめポイント>
1994年と2012年にアニメ映画化された作品でもあります。内容及び分量的に第一位の「虔十公園林」に比べると小さい子供には少し難しいかとも思いますが、やはり最後の「自分の身を犠牲にしても人々の生活を守った」という美しさに、この作品のポイントは集約されているかと思います。宮澤賢治の作品には、こうした「自己犠牲」や「利他」の精神が貫かれています。辛い境遇にありながらも、めげることなく努力し続けたブドリの姿勢にも胸を打たれます。また物理や化学の高度な知識もこの作品には散りばめられており、賢治さんの見識の高さが伺えます。
第3位 永訣の朝
最愛の妹であるトシさんを亡くした歳の想いが綴られた詩です。亡くなったのは1922年、当時賢治26歳、トシさん24歳でした。死の間際に「あめゆじゅとてちてけんじゃ(みぞれをとってきて賢治にいさん)と言うけなげな妹のために、外へ行って妹さんが使っていた茶碗にみぞれを取ろうとする、その情景を心情とともに描写しています。喪失の悲しさと、描写の美しさに、私は涙なしでは読めない詩です。一部中学や高校の教科書にも採用されていますので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれないですね。妹さんの死に際しての詩については「永訣の朝」が一番有名ですが、この他に「松の針」「無声慟哭」という計3篇の詩に当時の思いが綴られています。
他にも紹介したい作品はいっぱいあるのですが、長くなってしまいますので、取り上げるのはここまでにしておきます。ちなみに私は他にも
「ひかりの素足」
「よだかの星」
「なめとこ山のくま」
と言った作品が好きです。あと
「銀河鉄道の夜」
も外せないですね。
書籍についてはリンクで貼り付けさせていただきましたが、私自身は大半を20年ほど前に
「ポプラ社文庫」で読みました。
「グスコーブドリの伝記」以外はポプラ社文庫に掲載されておりました。
最後に宮澤賢治その人を簡単に紹介して結びと致します。
宮澤賢治とは
1896年 岩手県花巻市生まれ。盛岡高等農林学校卒業。中学時代より法華経に親しみ、1921年より、花巻農学校の教師として働く傍ら文筆による仏教の布教を決意し、創作活動を開始します。1926年には羅須地人協会を設立し、農事指導、肥料設計の相談等に奔走しますが疲労が重なり倒れてしまいます。疲労が回復した1931年からは東北砕石工場の技師として働きますが、1933年、発熱し病床に伏す中で急性肺炎を併発し、37歳の若さで永眠します。
以上、ここまでお付きあい下さりありがとうございました。