仕事も始まり、やっと落ち着いてきた4月下旬。

ベルギーに到着したときにとめてくれて、アパート探しや、Ikea、運転手などいろいろしてくれたKくんとお礼を兼ねた食事に行きました。

Kくんのセレクションはラーメンでした。

ベルギーでラーメンといえば・・・・YAMATOらしいです。

YAMATO

< Rue Francart 11 1050 BRUSSEL ( ELSENE ) >
<02 502 28 93>

18時にオープンと聞き
18時をめざしていきました。

がしかし
17時半オープンだったらしいです。

つくと、そこにはもう列・・・・。

orz

で、やはりお客さんのほとんどが日本人。

この週末はPaqueの連休でブリュッセルじたいに人が少なく
1時間待ち覚悟のラーメン屋にもかかわらず、20分ほどで席に着くことができました。

まず、はじめに日本ビールと餃子で乾杯。

餃子は注文をしてすぐに出てくるのでびっくり!

コンビネーションのベルギー生活記

餃子マニアのあたし・・・・。

う~ん、まぁ味はおいしいかな・・・。でも、やっぱりこっちのお肉は餃子向きじゃないみたい・・・。

そしてアサヒビール!
日本だと嫌いなのですが・・・。こっちのビールがあまりにも重いのでものすごくおいしく感じた!!!

また飲みたい!

そして、待ちに待ったラーメン。

私はしょうゆラーメンをセレクト。
Kくんは驚愕のメニュー:とんかつみそらーめんをセレクト・・・。が写真を撮り忘れた~!

コンビネーションのベルギー生活記

お味は
パリのラーメン屋よりは合格。
しかし、パンチのない感じでした。

日本だったら二度と食べになんて行かない・・・。

でも、この遠い異国の地ベルギーでだと・・・また食べに行きたい。

そんなラーメン屋でした。

ニューヨークからちょっと飛んで

ブリュッセルグルメを紹介!

仕事をはじめる前の週の日曜日。

上司/先輩のAさんに誘われ、アペロ~!

ビールを飲みながら仕事の紹介。

その流れで夕食もご馳走になりました。

自分ひとりでは入れそうにない・・・・

いつもフランスでいくChez Leon のすぐ前にある

La Bonne Humeur へ

< Chaussée de Louvain 244, 1000 Bruxelles >

<02 230 71 69 ‎>

Entreeはもちろん小エビのクロケット
コンビネーションのベルギー生活記
これが半端なくおいしいのだ。

コンビネーションのベルギー生活記

そしてお決まりのムール!クリームソース!

これも最高でした。

いろいろお仕事のお話も聞けて
とても楽しい夜でした。

しかも、運良くこの日、今のアパートにめぐり合えたので。いろいろといいことの多い日だったなぁ~!

地震で6時間以上遅れがでたのですが無事にニューヨークに到着。

まず、ニューヨークに旅行することになった理由から説明すると。

彼氏のT氏がただいまニュージャージに交換留学をしているからなのです。

スカイプとフェースブックのおかげで、どうにか遅れの連絡は取れたものの。

一応11日のニューヨーク時間:2時:からずっと空港で待っていたらしいです。

私が到着したのは夜の10時・・・。

待ったのね・・・・・。

いっぱい・・・。


そして3ヵ月半ぶりの再会。


その後、ホテルに向かうためにシャトルバスを探すものの、変なおっちゃんに引っかかり、高額の60ドルをぶんどられてしまったのです。


いや~
用心しなきゃね



ホテルについたのは夜の11時半。

レストランは全部しまってて・・・・しょうがなく1晩目はお決まりのデリバリー


アメリカはすごい・・・。デリバリーシステムがめちゃくちゃよくできてる!!!!
簡単すぎて、何回も滞在中デリバリーにたよってしまった~!!!
でも、おいしいんだもん!


アメリカに来て1食目は

じゃじゃ~~~ん!




コンビネーションのベルギー生活記


コンビネーションのベルギー生活記


ピザとチキンウィングとティラミス!!!

おいしかった!!!


油濃かった!!!!


でも、
おいしかった!!!!

そして、
寝るのであった!



日本をたって、今日でもう二ヶ月です。

あっというまだったな~!

そうなんです。私が日本をたったのは3月11日

東北地方太平洋沖地震の当日なのです。

ニューヨークで10日間のバケーションを過ごすべく成田へ。

飛行機に乗り、飛行機のドアが閉まって、さぁ滑走路へというところで地震がおきました。

ぶっちゃけ、飛行機の中だったのでほとんど何も感じませんでした。

ただ、ゆれたってだけで。

外を見るとすべてがゆれていたので
“あっ・・・。地震だ!”とみんな気づいた感じでした。


事の重大さに気づいたのは、Iphoneのおかげ。
スカイプとフェースブックで家族と友達の安否を確認するしかできませんでした。

成田に一緒に来てくれた母親は、成田エクスプレスの中。
その母親を品川駅に迎えにいっていた父親は、愛犬と車の中。
弟は家でパソコンの前。
妹は高校。

家族全員ばらばらでした。

母親は電車からおりて、線路を歩いて新橋駅までいったらしいです。

その駅で母は公衆電話で家に電話をして、弟につながり、そのときまだ奇跡的に父親のIphoneのバッテリーが残っていたので父と母は再会できたという・・・。

あぁ・・・ありがとうテクノリジー!と感じた一日でした。

本当にiphoneを持っていなかったらどうなってたんだろう。

その間、私は飛行機の中でずっと待機していました。

成田空港の中は全員避難命令のせいで空っぽ。
管制塔もからっぽ。
キャプテンが席まで来て、乗客に事情を聞くしか外の情報を得られない状態でした。

2度ほど、フライトがキャンセルしたというアナウンスが流れたのですが、運良く管制塔での仕事が再開したとき私たちの飛行機が一番先に飛べることになったので、無事にニューヨークに行くことができました。

本当にあの日からもう2ヶ月。

やっとこちらでの生活が落ち着いてきたので、どんどん更新をしていきたいと思います。

しかし、飛行機の中でパニックになっていたのは私だけでした・・・・。

乗客の70%ぐらいが中国人だったからかな?

その後東京、日本にいた人に比べたらへでもないのでしょうが。
一生忘れない体験になりました。

がんばれ日本!