大昔に学校の授業で書いた童話(?)のリメイク
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こっちの世界の人間が知らない世界があった。
その世界は全てが平等に、世界の法則として平穏と平和が保たれている世界だった。
ある日、ある悪魔が人間の世界からその世界に降り立った。
人間の世界で多くの人間を誘惑し、不和を引き起こし、多くの人間を堕落させた大悪魔だった。
人間の世界から手を広げ、まだ穢れていない世界を乱し、堕落せしめ、支配しようと目論んでいた。
そこには"大地"がない。
大地がないので砂粒一つ分ですら高低という概念が存在しない。
そこには"中心"がない。
全ての存在が平等に点在する。中心がないので端という概念もない。
"朝"という概念を当てはめるのならば、
規則正しく同じ時間に全ての存在の真上に同じ大きさの光が生まれる。
"夜"という概念を当てはめるのならば、
規則正しく同じ時間に全ての存在の真上の光が消える。そして同じ時間に次の光が生まれる。
時折、規則正しく同じタイミングで全ての存在の上に弱すぎず強すぎない雨が降る。
常に強すぎず、弱すぎない風が吹く。常に暑すぎず、寒すぎない気候が続く。
規則正しく決まった時間に全ての存在に充分な活力を与える。
誰かから奪うこともなく、奪われることもなく。
そもそも"奪う"という概念すら知らずに成長し、活力を蓄積する。
ある程度の活力が蓄積されると平等に、同じタイミングで新しい生命が生まれ落ちる。
活力が尽きると平等に、同じタイミングで命が終わる。
地球上の人間が水が上から下に流れることを意識しないように、
太陽が東から昇ることを意識しないように、
その世界の生命は生まれてから死ぬまで変わりなく平穏が続く。
それを全ての存在は意識することはなく生まれ、生きていた。
その世界を眺めた大悪魔は悟った。
私にはこの世界の住民を堕落せしめるのは不可能だ。
この世界の住民は皆、『不足』も『不満』も感じることなく平等に満たされている。
完全に平等に誰とも比べず、驕らず、妬まず、優越感や劣等感という感情が存在しない。
比べるという概念が存在しない世界では、如何なる誘惑に満ちた甘言も理解すらされない。
私が知る限り、これよりも平和で満ち足りた楽園は存在しないのだ。
そして、悪魔に相応しくない憐憫の目で世界を見つめて呟いた。
だが、私にはこの世界の住民が幸福であるとも見えない。
この世界の住民は皆、『不足』も『不満』も感じず平等であるのが普通にして普遍である。
故に『何かを得たい』という欲求も、『何かを得られた』という満足も永遠に感じることはない。
平等に『不足』も『不満』も感じない。それがいかに幸福かということも知らず
その幸福を幸福と感じ取れず、何も求めずに生き、何も得ずに死んでゆくのだろう。
私が知る限り、これよりも緩慢にして残酷な地獄は存在しないのだ。