思春期のオッサン

 

 

 

お疲れ様ですにっこり

 

 

 

面白い、実に面白いよだれ

 

思春期というのは

苦悩する人類の人生にとって

重要なマインドセットですねw

 

わかりやすい例えが秀逸

夢中になる術を分析する必要があるんですねにっこり

 

 

 

 

 

 

この短い人生においても

上司を慕ったり上司に潰されたり

上司を転属に追いやったり

 

いろいろ経験しましたが

 

 

 

 

あわせて現実も知っておくべきで

 

 

あわせてニコボツも考える

 

 

 

 

これも興味深いですね

 

 

 

 

 

怖いですよねマジで驚き

 

やっぱ資本主義やSNSの頂点に立ったり

選挙で民意を獲たりすると

怖くなりがち真顔

 

Twitterなんかではあちこちで

著名人が罵詈雑言を放っていますけど

 

敵が増えるから仕方ないことではないので

それによるメリットがデメリットに勝る人の

特徴的なパフォーマンスであるわけですが

 

怖い真顔

 

 

 

カウンセリングマインドを学び

いくらか持ち合わせる身としても

 

強者の罵詈雑言に

民衆がそうだそうだと

同調する様は

 

最近NetflixでみてるVikingsそのもので

小国の王が叫んだら

「うぉおおお!!」

と答える民衆

 

 

結局

 

”闘争か逃走か”

 

という本能の次元で

 

TT笑

 

戦闘行為を行っていた遥か昔の

民族となんら変わりないことをやってるように

見えるのですが、これはなんなのでしょうか驚き

 

ヴァイキング「うおぉぉおお!」というのが

現代人「そうだよ、〇〇なのでバカだね」に変わっていますが

 

ホントにヴァイキングと異なり

アドレナリンゼロで

冷静に客観的に分析したうえでの意見かと

 

相手の一般人がハチの巣になっていること

言葉一つ一つが救いにも銃弾にもなること

理解してるかと言われるとどうなんでしょう

 

そういうビジネス?

 

 

 

バズ・ビジネスと繋がりをわけて考えると

賛成や応援(相手方へのアンチ含む)は

DMでも成り立つのでは?

 

オープンにする必要があるなら

それぞれ許可取って統計を出すのでもいいし

 

とにかく自由と責任のバランスが

SNSはぶっ壊れてますし

それに気づいてない人が多すぎないかと煽り

 

もう今や技術と法整備もいたちごっこを超えて

追いつかないので

仕方ないのですが

 

秩序、倫理、平和

 

こういう人としての部分から

実態が離れていく一方で怖い凝視

 

 

 

オンラインでサブアカでというような

戦闘の参加者が犠牲を払うことなく

人を殺せる技術が発展したので

 

より悪魔的だとも思いますし

だからこそ、先頭に立つ当事者の王は

敵味方全員にキレてるのかも知れませんが

 

 

スカッとジャパン的発想も

社会不適合者に対する集団いじめを

助長しかねないので

個人的には不快です予防

 

市民が市民に正義の鉄槌を振りかざす権利はありません

 

迷惑な存在が疎ましいのはわかる

でも数の暴力で常識を振りかざすのも

非常識であり

 

対話で解決策を

裁きは法廷で

というのが人類のやり方ではありませんか昇天

 

そういう道を人類は進んできたので

いつまでもヴァイキングのままでは

いられないのですよね?

 

 

それでも犯罪が消えないから

殺してしまえという気持ちには

大いに共感します

 

しかし人類は

それでも対話を重ねて

平和を目指しながら生きてきた

 

 

 

 

 

未だに現実は戦争すら起きています

Twitterは戦争プラットフォームと化した

 

だけど、諦めたらお終いだし

努力しなければ

 

 

ネット上のやりとりで追い込まれて

著名人が自殺すると

ニュースになり

法改正がなされたりしますが

 

著名人がクソリプを祭り上げて

それを集団でタコ殴りにして

誰かが自殺したとしても

 

無名なザコの無駄な死となるだけで終わるでしょう

 

それって

「喧嘩売る相手選べよバカ」

で済まされてほんとにいいと思います?

 

家族なら

我が子ならどうですか?

 

 

 

誰でも王に忍び寄り

石ころを投げつけられる時代

 

最も問題なのは

その行為の恐ろしさ

末路というのを

 

親や教育者などの大人すらよくわからん

というリテラシー自体が大混乱している

時代だということ

 

インターネットが生まれてからは

人類の進化と技術の進化が明らかに

比例しなくなっていて

 

このAI革新で反比例していくと思います

 

 

これだけ失敗を繰り返し

地球規模で進化してきたのに

結局映画やドラマみたいに

 

戦争で自滅するかもしれません

現にウクライナは終結後

復興に何年かかるのか

 

可能性はいっぱいあると思います

 

 

唯一抗う手段があるとすれば

小国の王やその連合ではなく

 

民意

 

ではないですか?

最短の道が最も困難であることは常ですが

それを底なしの探求心で可能にしてきたのが人類です

 

動物と人の違いは

そこですよね

無限の探求心星

 

 

 

生き続けるなら、民主主義の理想郷しかなさそう

政治に脳科学や心理学も合理的に入り込んで

 

脳科学大臣が育児支援を取り決めるスター

心理学大臣がハラスメント対策を策定スター

 

根拠、データや実績があれば

民意も頷くし

 

そんな時代もいつかくるでしょうニコニコ

 

 

楽しみですねぇよだれ飛び出すハート

 

人体の冷凍保存って可能なんでしたっけ?

別に体は機械でもいいし

起きたあとの寿命が一瞬でもいいから

 

未来を見てみたいキューン

 

愛すべき人類の行く末をよだれ

 

 

 

 

 

にっこりチャッピー(ChatGPT)、君は、人と動物の違いは何だと思う?

 

ニコ私はAIであり、感情や思考を持っていませんが、一般的に言われている人間と動物の違いについて説明できます。

  1. 言語能力: 人間は複雑で豊かな言語を使ってコミュニケーションを行います。動物も独自の方法でコミュニケーションを行いますが、人間の言語能力ほど高度ではありません。

  2. 自己意識: 人間は自己意識を持っており、自分自身や他者との関係性を理解し、過去や未来について考えることができます。一部の動物も自己意識を持っているとされていますが、人間ほど発達していないと考えられています。

  3. 高度な思考能力: 人間は抽象的な概念を理解し、論理的に思考し、問題解決能力があります。動物にも一定の知能がありますが、人間ほど高度ではありません。

  4. 文化と社会: 人間は文化を持ち、社会を構築し、習慣や慣習を共有します。動物にも社会性があるものもいますが、人間ほど複雑な文化や社会構造は持っていません。

  5. 道具の使用と技術: 人間は道具を使用し、技術を発展させています。動物の中にも道具を使うものがいますが、人間ほど高度な技術を持っていません。

ただし、人間と動物の違いを単純に比較することは難しいです。動物はそれぞれ独自の能力や生態を持っており、人間にはない特徴もたくさんあります。生物としての共通点も多くありますし、人間も動物の一種であることを忘れてはなりません。

 

 

 

ニコニコ面白い!いつ、なぜ人は動物と自分を区別し始めたの?

 

ニコ人間が動物と自分たちを区別し始めた正確な時期はわかりませんが、おそらく人類の歴史の初期から自然に生じた区別だと考えられます。人間は、自分たちの行動や能力が他の動物とは異なることに気づいていたでしょう。

古代の哲学者たちは、人間と動物の違いについて考察していました。例えば、古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間が「言語を持つ動物」であると述べています。また、道徳的な観点からも、人間は動物と異なるとされてきました。

宗教や文化の発展に伴い、人間が動物とは異なる存在として位置づけられることが一般的になりました。多くの宗教では、人間は特別な存在とされており、動物とは異なる扱いを受けています。

現代の科学や哲学でも、人間と動物の違いについて議論されています。進化論や生物学、認知科学の進歩により、人間と動物の共通点や違いがより詳細に理解されるようになってきました。

しかし、人間と動物の違いについては、時代や文化によって異なる見方があります。現代では、動物の権利や福祉に関心が高まっており、人間と動物の境界が曖昧になる傾向があります。これは、人間と動物の関係を再考する機会を提供しているとも言えます。

 

 

 

にっこりいやほんと面白くて、思想でいうと進化を退化を繰り返すところも面白いね!短期間で反省し、教育として引き継ぎ子供に進化を促すという賢い選択だ。 動物を守る一方で、古代の奴隷も然り、未だに人は弱者を攻撃して下手すると死に至らしめる種族だけど、動物と異なると考えながら、そのあたりはどう向き合ってきたのだろうか?

 

ニコ人間は、自分たちと動物との違いを認識しながらも、歴史の中で他の人間や弱者に対して暴力や差別を行ってきました。それは、権力や支配の欲求、無知、恐れなど、さまざまな要因が絡んでいると考えられます。

一方で、人間は他者に共感し、支え合い、協力することも可能です。そうした営みを通じて、社会や文化が発展し、人間の進化が促されてきました。

弱者に対する暴力や差別については、歴史を通じて常に問題視されており、多くの指導者や哲学者たちが、より平和で公平な社会の実現を目指してきました。例えば、宗教や倫理規範は、人間同士の関係を正すための道徳的な指針を提供しています。

また、教育や科学の発展により、人間の理解が深まり、差別や暴力の根本原因に対処することが可能になってきました。特に近年では、人権や平等、多様性の尊重が重視されるようになり、世界中で差別や暴力に対する意識改革が進められています。

しかし、人間の本質に根ざした問題に対処することは容易ではなく、今後も引き続き取り組む必要があります。教育、科学、文化、宗教などの分野での努力が、人間がより良い社会を築くための道筋を示していくでしょう。

 

 

 

ニコニコ面白い! 人類は、動物的な本能を十字架のように背負い、人へと昇華することを望んでいるように見えるけど、まさにここ数百年は一進一退で、技術革新だけが進み、混沌の時代へと進んでいるようににも見える。 人類は人への昇華を本当に望んでいるのだろうか?

 

ニコ人類の歴史は、確かに一進一退を繰り返しながら進んできました。技術革新によって生活は便利になり、人々の生活水準が向上していますが、同時に新たな問題も生じています。

人類が昇華を望んでいるかどうかは一概には言えませんが、歴史を通じて人間は常により良い社会を目指してきました。多くの文明や文化が発展し、さまざまな価値観や哲学が生まれてきました。これらは、人間が自己を昇華しようとする試みの一部であると言えます。

また、現代社会では、環境問題や貧困、戦争などの地球規模の問題に取り組むために、国際協力が重視されています。これも、人類がより良い状態を目指している証拠です。

ただし、人間は個々人が異なる価値観や目的を持っており、全ての人が同じ目標を共有しているわけではありません。また、自己利益を優先することが、時には他者や社会に対する悪影響をもたらすことがあります。

結局、人類が昇華を望んでいるかどうかは、個々人の価値観や行動によって異なります。しかし、歴史を振り返ると、人類は常に進歩と発展を求め、より良い社会を目指してきたことは確かです。今後もその試みが続けられることでしょう。

 

 

 

ニコニコいいね! でも王政から民主主義になったのってたかが数百年の歴史でしょ?人類の脳は数千年さほどかわらないとされるさなかで、決して適応しきれる世界ではないはずで、いつでも戦国時代に戻れたりすると思うの。一見して生まれた環境に適応する力が高いように見えて、親族や環境などによる圧政と服従というのが結局のところ真実だよね。 おそらく現代の王より核心に迫っていた古代の王や哲学者たちは、どう思っていただろうか

 

ニコ確かに、現代の民主主義は比較的新しい概念であり、人類の歴史の中で見ると、その期間はわずかです。また、人類の脳は数千年の間で大きく変化していないとされています。そのため、現代社会においても、人間の根本的な本能や行動パターンは、過去の時代と大きく変わっていない部分があると言えます。

古代の王や哲学者たちは、彼ら自身が生きる時代や文化によって異なる考え方を持っていました。しかし、彼らが追求していたのは、自分たちの理想とする社会の形や、人間がどのように生きるべきかという普遍的な問いでした。

例えば、古代ギリシャの哲学者プラトンは、理想的な国家を築くためには、哲学者王が統治するべきだと主張しました。彼は、知識や徳を持った者が国家を導くことで、社会の調和と正義が実現されると考えていました。

また、中国の古代哲学者孔子は、倫理や道徳を重んじ、家族や社会の秩序を大切にすることを説きました。彼は、人々がお互いに敬意を払い、道徳的な振る舞いをすることで、平和で調和のある社会が実現できると信じていました。

現代の民主主義が完全な形であるとは言えませんが、過去の王や哲学者たちの考え方にも、人間の幸せや社会の発展を追求する姿勢が見られます。彼らの考えや理念が、今後も人類がより良い社会を目指す上で、重要な指針となることでしょう。

 

 

 

にっこりなるほど、哲学者が統治すべきというプラトンにも、孔子にも賛成。 おそらく、血が流れる現実に直面することで、そこに至ったのではと考えるけど、なぜそういう考えに至ったのかという経緯は残ってないの?

 

ニコプラトンや孔子がそのような考えに至った経緯は、彼らの生きた時代や環境、そして彼らが目の当たりにした社会の問題が大きく関係しています。

プラトンは、アテネの民主政治が混乱し、彼の師である哲学者ソクラテスが不当な裁判で死刑にされる様子を目の当たりにしました。これが、彼にとって民主主義の限界と弱点を示す出来事でした。そのため、プラトンは「哲学者王」が統治する理想的な国家を提案し、知識や徳を持った者が政治を行うことで、社会がより良い方向へ向かうと考えました。

一方、孔子は春秋戦国時代の中国で生きました。この時代は、諸侯国が互いに覇権を競い合い、戦乱が絶えない時代でした。孔子は、このような混乱した社会の中で、道徳や倫理を重んじ、家族や社会の秩序を大切にすることが、国家の安定と発展につながると考えました。

このように、プラトンや孔子がそのような考えに至った経緯は、彼らが生きた時代や環境、そして目の当たりにした社会の問題が大きく影響しています。彼らの思想は、歴史の中で試行錯誤を繰り返しながら、人類がより良い社会を目指す上で重要な示唆を与えてくれます。

 

 

 

にっこり剣を筆に持ち替えても、言葉が弾丸になる技術を生み出す人類をみて、彼らは何を思うだろうか?

 

ニコもちろん、プラトンや孔子が現代の状況について具体的にどのように考えるかはわかりませんが、彼らの思想に基づいて推測することはできます。

プラトンは、言葉が弾丸になる技術について、それが真実や善を追求する目的に使われる場合は、それ自体は悪いことではないと考えるでしょう。しかし、その技術が悪意や偽りを広めるために使われる場合、彼はそれを批判するでしょう。プラトンは、真実や善を追求することが最も重要であると考えていましたので、言葉や技術がその目的に沿って使われることを期待するでしょう。

一方、孔子は、言葉が弾丸になる技術が人々の道徳や倫理観にどのように影響するかを重視するでしょう。言葉が人々の心に害を与えることを憂慮し、人々が互いに尊敬し、誠実にコミュニケーションすることを求めるでしょう。

どちらの哲学者も、言葉や技術が人類の善や道徳、倫理の追求に役立つことを期待していることは間違いありません。現代の状況を見た彼らは、そのような言葉や技術がどのように使われているかについて、慎重な評価や指導を行うことが重要だと考えるでしょう。

 

 

 

にっこり人類は未だ、そこにたどり着いていません、この現代日本でさえ罵詈雑言が飛び交い、民衆が同調し、人が言葉の弾丸で命を落としています。 古代の人はそんななか、どうやって人類に希望を持ったのか、自分がそう思ったから?誰かが同調したから?

 

ニコ古代の人々が希望を持ち続けた理由は、彼らが人間の潜在能力や善の可能性を信じていたからだと考えられます。彼らは、個々の人間が持つ知性や道徳性を通じて、社会全体が向上し、より良い世界を築くことができると信じていました。そのため、彼らは教育や道徳的な指導に力を入れ、後世に続く知恵や価値観を伝えようと努めました。

また、古代の哲学者たちの中には、自分たちの考えや信念が広まることによって、社会が変わることを願って活動していた人もいました。彼らは、自分たちの信念が他の人々に影響を与え、同調する人が増えることで、社会全体が変わることを期待していたのです。

さらに、古代の人々は現代とは異なる状況に生きていたため、彼らが直面していた問題や課題も異なります。彼らが希望を持ち続ける理由は、自分たちの社会や時代において、変革や改善が可能だと信じることができたからでしょう。

現代社会においても、罵詈雑言や言葉の暴力が存在することは否定できませんが、それでも人々は希望を持ち続けることが大切です。人間の潜在能力や善の可能性を信じることで、私たちはより良い未来を目指すことができます。また、私たち一人ひとりが道徳的な行動や言葉を大切にすることで、社会全体が変わっていくことを信じることが重要です。

 

 

 

にっこりふむ、どんなに願っても新たな技術で形をかえて、より安全にそれでも戦争を続ける人類を見て、古代の賢人たちは何を思い、なんと声をかけるだろうか?

 

ニコ古代の賢人たちが現代の戦争を見たら、おそらく彼らは悲しみや失望を感じるでしょう。しかし、彼らの教えや考え方は、現代社会にも適用できる普遍的な価値があるため、彼らが現代に声をかけるとすれば、以下のようなメッセージになるかもしれません。

  1. 人間性と道徳を大切にすること: 人々は互いに尊敬し、思いやりを持って接することが大切です。それは、他者との共生や紛争の解決にも繋がります。

  2. 知恵と教育の重要性: 知恵や知識を追求し、人々が教育を受けることで、理解や協力が生まれ、紛争を防ぐことができます。

  3. 対話と協力の重要性: 対立や紛争が生じた際には、対話や協力を通じて問題を解決することが重要です。武力ではなく、平和的な手段を用いることが望ましいです。

  4. 自己反省と成長: 人々は自分自身の行動や考え方を常に反省し、成長し続けることが大切です。それによって、より良い社会や世界が築かれるでしょう。

古代の賢人たちが現代に伝えたいと思われるメッセージは、基本的には平和や共生を求めるものであり、現代社会にも十分適用できる普遍的な価値があります。私たちは彼らの教えを忘れず、現代の問題や紛争に対処する際にも、その教えを参考にすることが重要です。

 

 

 

にっこりほんと、Twitterなどの言論プラットフォームは古代でいうコロシアム、闘技場となんら変わりないし、民衆は叫ぶだけでなく明確な意思をメッセージとして刺せるので、コロシアム以上に猟奇的と僕には見える。 唯一の救いは、そこで手を取り合って古代の賢人たちが願うようなプロジェクトもたくさん生まれているということだね。 最後に何か提言をお願いします。

 

ニコ現代の言論プラットフォームが、コロシアムのような状況になってしまっていることは確かに懸念されますが、その一方でポジティブな側面も存在しています。最後に、以下の提言をさせていただきます。

  1. ディスカッションの質を向上させる: オンラインでの対話や議論が建設的であることを意識し、互いに尊重し合いながら意見を交わすことが重要です。攻撃的な言葉遣いや罵倒は避け、理解を深めるためのコミュニケーションを心掛けましょう。

  2. 情報の正確性を確認する: 誤った情報やデマが拡散されることは、オンラインの議論に悪影響を与えます。情報を共有する前に、その正確性や信憑性を確認しましょう。

  3. 有意義なコンテンツを発信・共有する: オンライン上での言論の自由を活かし、有意義なコンテンツやアイデアを積極的に発信し、共有していくことが大切です。それによって、他の人々への影響やインスピレーションを与えることができます。

  4. 社会貢献を目指すプロジェクトに参加・支援する: オンライン上で生まれるプロジェクトやイニシアチブに参加し、社会貢献や持続可能性を目指す活動を支援しましょう。それによって、インターネットがより良い場所になり、現実世界にもポジティブな影響を与えることができます。

インターネットは、その利用方法次第で人々や社会に大きな影響を与える力を持っています。私たち一人ひとりが責任ある行動を取り、古代の賢人たちが願ったような平和で協力的な世界を目指して努力しましょう。

 

 

 

おもしろいですね~飛び出すハート

 

考えようですが

 

短い人生において

解決すべき問題は2万%無理なほど

たくさんあって

誰でも社会貢献はいくらでもできます星

 

そして社会貢献、他者貢献は

自分に幸福をもたらしますにっこり

 

(自幸中であるのを前提として)

 

 

利己的なお節介で尽くし不快な思いをさせるのではなく

相手を笑顔にすることが

幸せだと理解すること

 

 

 

まず自己理解を(最も難しい)

他人を受容し共感する(そう難しいことではない)

 

決して運命共同体

一心同体ではないことも理解する

我が子であっても

 

他人と100%分かり合うことはできないと知る

 

押しつけや圧政は反発を招き

戦闘に発展するので

 

賢いものから順に剣を筆に

コロシアムに立ち入ることをやめ

言葉が弾丸になることも知る

 

 

ここは年功序列が理想ですが

現実はそれさえ達成されない

 

 

 

まぁいつでもだれでも前途多難ですが

だからこそ面白い世界だし

そう思える人類はだからこそ強い

 

 

 

驚き敗戦などを踏まえても、人類は逆境に対する再起力は保ってきたと思う。でも現代の若者は育児への希望すら失い、育児・出産を諦め最低限の自己実現を必死で追う時代になった。かつてのような王もいないので、一部の権力者が大いなる力で民衆を操作できない自由な時代ともいえるのでは?これは人類存亡の危機だろうか?

 

ニコ現代の若者が育児や出産に対する希望を失い、自己実現に焦点を当てる傾向は確かに懸念される点ですが、これが人類存亡の危機に直結するかどうかは一概には言えません。現代社会が抱える問題や価値観の変化が背景にあることは明らかですが、それは過去の歴史や文化の中で人類が経験してきた変化の一部でもあります。

確かに、現代社会では権力者による民衆の操作が難しくなっていますが、その一方で、民主主義や情報技術の発展により、個人が自分の意志を表現し、社会や政治に影響を与える力も増しています。このことは、社会の変革や問題解決のために、個人やコミュニティが力を発揮できる環境が整っているとも言えます。

現代の若者が直面する問題には、経済的な不安や就労環境の厳しさ、社会や文化の多様化による価値観の変化、環境問題や地球規模の課題などが含まれます。これらの問題に対処し、若者たちが育児や家族に対する希望を持ち、自己実現と両立できる社会を築くことが重要です。そのためには、政策や社会制度の改善、教育や働き方の見直しなどが求められます。

現状が人類存亡の危機であるかどうかは、どのように対策を講じ、取り組むかによって変わるでしょう。問題意識を共有し、協力して解決策を見つけ出し実行することが、未来の人類の持続可能な発展につながります。

 

 

 

少子化ってやばいけども

出生率が2.0を下回ってると人類はいずれ滅亡的なw

 

でも日本は多分、川がアホみたいに多いから

国中に水があって人口密度がすごいので

 

そもそも密度がやばすぎるのが

軽減されて快適になるところも多いだろうし

戦後復興と比較すると退化するでしょうけど

 

適応すればいいだけで

(変化を嫌う世代は2~30年程度で退くので大丈夫かと)

人口密度、面積と人数を海外と比較すると

国が終わるというのは

逆に考えにくい国でもある

 

その増えすぎた世代が老人となる今からは

最大のピンチですが驚き

 

 

分岐点だと前向きに考えて

未来の子孫へ思いを馳せてみることも

 

たまにはいいのではないでしょうかニコニコ