こんばんYまんです
時代
我々今を生きるヒトを取り巻く環境の一部ですね。
凄まじい勢いでテクノロジーが発展し、日々新しいストレッサー(刺激)が増え続けています。
わたしは子供の頃、外では田んぼでドジョウを探していました。
今の子供は…どうでしょうか、わたしのような大人でなくとも、活用できるテクノロジーが子供たちにもたくさんありますよね。
子育て、親が子供に対して行うそれが希薄になり、子供が自由に情報や経験を得やすい環境、時代がきていますね。
機械に「お休み」と言うだけで鍵を閉めて電気を消し、TVをオフタイマーにしてエアコンもお休みモードにする。
そんなスマートホームの普及も本当に近いです。(わたしとしては待ち遠しい!)
「もうすぐ帰るよ」と言えばその時間に合わせて部屋の温度を調整し、街灯をつけて機械の家がヒトを出迎えるのです。
時代というのは変えようのないものです、戦国時代には戦う事が生きることそのもの、世界大戦中には悩みながらも天皇に忠誠を誓うべきとされ、ヒトとヒトの殺生が下火となった現代では長生きするため新たな疾病や、生き方と向き合っていく。
雨降りに「やめ」といっても雨はやまないように、時代も天気のようなものだと言います。
過去の手段は通用せず、過去の栄華を語っても現代の子供には理解できません。テクノロジーの発展も「やめて」と言ってもとまりません。
「まったく最近の若いのは…」そういって理解しようとしないでいるとしたら、時代に取り残されているのは誰でしょうか。
理解できないのはお互い様ですよね、その“若いの”の皆も、時代に翻弄されながらわたしにも想像できない次元で悩みながら必死に生きています。
特にSNSに著しく影響を受けながら生きていますね。
そんな子供時代を過ごしたことがないので、追体験はできませんが、耳を傾けることはできるでしょう。
傾聴とはその姿勢をいいます。
やるべきことは、現代の子供のあなた、悩みはどんなことですか?そうやって寄り添うことではないでしょうか。
時代は一つでもヒトは皆違いますから、時代と、個人それぞれに個別に、そしてあなたらしく向き合う必要があります。
あなたが理解できないヒトは、そのヒトもあなたが理解できません。正解不正解や、正義や悪でもなく、他人だからです。
自分に対する理解を深めるよう伝えるより、相手を理解できない自分、その理解を深めようとすれば、相手への理解も深まり、あなたがより良い状態になれます。
あなたが良い状態であれば、相手への対応も変わり、お互いに良い関係が築けるのです。
つまり、あなたが幸せになる可能性が広がっていきます。
時代に話を戻しますが
ヒトが一人一人、増え続けるストレッサーに個人で自律的に対応しなければ、時代にのみこれてしまう事でしょう。
この事に関しては、いつの時代も同じなのかもしれません。
“今より良くなりたい”
単純であり、普遍的なこの思考は我々ヒトに当たり前に備わった思考です。欲深いといえばそうでしょうが、そういう生き物であるとまず知るのです。
我々ヒトはピラミッドのように欲求段階をもっており、一つ満たされるとその上の欲求を満たしたいと願います。
そういう生き物です、ストレスになるほど欲求を我慢する必要はありません。その欲求が現代では他人に嫌がられたり傷付けたり犯罪であるならば、勿論悩むことでしょう。
ですが、時代にそぐわないことで即座に自分を否定しないで下さい。
まず、自分やヒトという生き物を知るべきです。
知らざるを知ると知れば、何かが変わることでしょう。
あなたが変われば、世界は変わります。
この世界を“その世界”として見て感じて生きているのはあなたですから
あなたが見ている世界は、あなたがその見かたを変えれば変わります。
世界を変えるのはあなたです、本当に。
それではまた
