書いてない間にあったたくさんのショッキングな出来事。。
地震の時の話。
今やっと少し気持ちを整理して書けるようになりました。
うちは関東ですが、関東は建物の倒壊は殆ど無かった。それでも、これくらいのショックです。
東北の方々の心の傷は計り知れないですよね。
うちの所は震度6強だったんじゃないかな。
私はその時たまたまうちにいたのですが、寝ぼけてるまま被災。
建物が凄まじい音でガタガタ音を立てて、グニャッグニャに揺れること2分くらいかな。存在する全ての物が揺れるんだから、すごいよ。信じられないくらい大きな音、奇妙な音。世の中の終わりの音がしました。
ここで死ぬかもしれないとと思って脚はガタガタ奮え、避難経路を確保するのがやっとだったな。
揺れが収まっても身体の奮えは収まらず放心状態。
とにかくとんでもない災害に巻き込まれたことだけは分かった。
家の中は物が散乱していました。
慌ててテレビを付けると、悪夢がそこにありました。まるで映画でも見ているかのような、現実に起こっていることが信じられないような光景でした。
その日からまるまる1ヶ月、余震が無い日はありませんでした。地震が来る度に、携帯の緊急地震速報が鳴り(それが夜中だととても恐い)、電車は本数制限されてる為、生活も変わりました。
仕事帰りに近所のスーパーに寄ると、食べ物も飲み物もありません。
仕方なく、ぐったりと家に帰ると計画停電。。計画停電中は信号も点灯しないので交通事故で死者もでました。私は女性だから計画停電中は防犯上、暗闇を帰るのは避けなければならず、停電の無い都内で時間を潰して帰ったり、とにかく生活は一変しました。
東北の被災地の方々の被害を考えると、本当に微々たる苦労ですが、
1ヶ月もこんな生活が続くと、もう精神的に病んできますよね。
関東も、そんなんで、いつ収まるかわからない余震と原発の恐怖、地震後の一変した生活に皆クタクタでした。
そんな中、私にはとても心配で気掛かりなことが2つありました。
一つは、飼い猫シプの腫瘍のこと。早く手術をしなくちゃいけないのに、余震が収まらないから手術をすることができない。そんな状況・・・。でも、もし手術して、間もなくまた大地震がきてしまったら、シプは自力では逃げられないので、悪化しないようにということだけ祈る毎日。ちなみにまだ手術できていない。
二つ目は、脳梗塞で入院してる祖母のこと。
日に日に記憶が鈍ってきてるし、弱ってると家族から連絡。早く会いに行きたいと強く思いながらも、地震と仕事の都合でどうしても直ぐには行けず。。
どうか生きて待っていて下さい・・・と胸が引き裂かれそうな思いで毎日気丈に仕事をしました。とても辛かった。
先に書いたように、地震後の生活はとても不自由で、いつも恐怖と隣り合わせ。
そんな中、私の個人的な心配事も重なり、本当に悪夢でした。
テレビをつけると、東北の被害の大きさが明らかになってきていました。
毎日、涙、、、。
本当に辛い試練でした。
そう、だから、blogどころか毎日一生懸命生きることだけ考えていたんですよね。
もうすぐ震災から2ヶ月が経ちます。まだまだ東北は大変な状況です。
日本中が上を向いて頑張って行くしかないね。
私は、ようやく仕事もまとまり、実家に帰って、病院にいる祖母に会うことができました。
それが4月1日でした。
また書きます!今日も元気です!
地震の時の話。
今やっと少し気持ちを整理して書けるようになりました。
うちは関東ですが、関東は建物の倒壊は殆ど無かった。それでも、これくらいのショックです。
東北の方々の心の傷は計り知れないですよね。
うちの所は震度6強だったんじゃないかな。
私はその時たまたまうちにいたのですが、寝ぼけてるまま被災。
建物が凄まじい音でガタガタ音を立てて、グニャッグニャに揺れること2分くらいかな。存在する全ての物が揺れるんだから、すごいよ。信じられないくらい大きな音、奇妙な音。世の中の終わりの音がしました。
ここで死ぬかもしれないとと思って脚はガタガタ奮え、避難経路を確保するのがやっとだったな。
揺れが収まっても身体の奮えは収まらず放心状態。
とにかくとんでもない災害に巻き込まれたことだけは分かった。
家の中は物が散乱していました。
慌ててテレビを付けると、悪夢がそこにありました。まるで映画でも見ているかのような、現実に起こっていることが信じられないような光景でした。
その日からまるまる1ヶ月、余震が無い日はありませんでした。地震が来る度に、携帯の緊急地震速報が鳴り(それが夜中だととても恐い)、電車は本数制限されてる為、生活も変わりました。
仕事帰りに近所のスーパーに寄ると、食べ物も飲み物もありません。
仕方なく、ぐったりと家に帰ると計画停電。。計画停電中は信号も点灯しないので交通事故で死者もでました。私は女性だから計画停電中は防犯上、暗闇を帰るのは避けなければならず、停電の無い都内で時間を潰して帰ったり、とにかく生活は一変しました。
東北の被災地の方々の被害を考えると、本当に微々たる苦労ですが、
1ヶ月もこんな生活が続くと、もう精神的に病んできますよね。
関東も、そんなんで、いつ収まるかわからない余震と原発の恐怖、地震後の一変した生活に皆クタクタでした。
そんな中、私にはとても心配で気掛かりなことが2つありました。
一つは、飼い猫シプの腫瘍のこと。早く手術をしなくちゃいけないのに、余震が収まらないから手術をすることができない。そんな状況・・・。でも、もし手術して、間もなくまた大地震がきてしまったら、シプは自力では逃げられないので、悪化しないようにということだけ祈る毎日。ちなみにまだ手術できていない。
二つ目は、脳梗塞で入院してる祖母のこと。
日に日に記憶が鈍ってきてるし、弱ってると家族から連絡。早く会いに行きたいと強く思いながらも、地震と仕事の都合でどうしても直ぐには行けず。。
どうか生きて待っていて下さい・・・と胸が引き裂かれそうな思いで毎日気丈に仕事をしました。とても辛かった。
先に書いたように、地震後の生活はとても不自由で、いつも恐怖と隣り合わせ。
そんな中、私の個人的な心配事も重なり、本当に悪夢でした。
テレビをつけると、東北の被害の大きさが明らかになってきていました。
毎日、涙、、、。
本当に辛い試練でした。
そう、だから、blogどころか毎日一生懸命生きることだけ考えていたんですよね。
もうすぐ震災から2ヶ月が経ちます。まだまだ東北は大変な状況です。
日本中が上を向いて頑張って行くしかないね。
私は、ようやく仕事もまとまり、実家に帰って、病院にいる祖母に会うことができました。
それが4月1日でした。
また書きます!今日も元気です!