旦那さんがボクシーシについて記事を書いていたので、マダムもひとつ!

イスラム教は6信5行が基本だそうで

6信は
 1 神(アラー)
 2 天使
 3 啓典(コーラン)
 4 使徒
 5 来世
 6 定命

5行は
 1 信仰告白
 2 礼拝(1日5回 金曜日は神聖な日で、モスクに集い公式に礼拝を行うので、こちらの週末は金・土がお休み)
 3 喜捨
 4 断食
 5 巡礼

先日書いたラマダンは、5行の4にあたりますビックリマーク

そして今回のテーマのボクシーシは5行の3にあたりますビックリマーク

(全てはマダムの理解が正しい場合です!誤った解釈をしていたらごめんなさいっあせる

さぁ、普段車に乗っていたり、マーケットで買い物をしているとボクシーシを求めてくる人たちに必ず出くわしますが、とても積極的!

随分昔、バンコクに住んでいたときは歩道橋や道路脇に座って、無言で頭を下げながら手を出して喜捨を求める人達がいましたが、こちらでは積極的に近寄って来て声を掛けてきます!そしてとても結構粘り強い!ベンガル語で何やら熱心に話しかけてきます!

それは民族性ではなく宗教観の違いのようで・・・イスラム教では富めるものが貧しいものに分け与えなければならない(義務)と位置づけられているそうで、喜捨はもちろん相手が居なければできないので、もらう方も私がもらってあげてあなたは喜捨ができるのだから!的な発想が無くもないのかもしれません!

でも、積極的なボクシーシを求められる環境で育っていないマダムとしては結構ストレス!私だけではなく日本人ならどうしていいかわからないっていうのが本音なんじゃないかなぁ~と思います!

小さい子どもが裸足でボクシーシを求めてこられるとやはり心が痛み、ついなにかあげたくなってしまいますね。一度、マンゴーを買っているときに小さな子供二人が寄ってきてお腹空いているというジェスチャーをしたので、買ったマンゴーを渡したことがあったのですが、もっとくれ!もっとくれ!と。そして他の人達も寄ってきたので慌てて立ち去ったことがありました。こうなるとやっぱり「きゃーあせる面倒なことになっちゃったわ~」と思うので、普段はなにもしません。

先日スーパーマケットで買い物を終えて車に乗ろうとしていたら、前の車の助手席近くに小さな子どもたちとその母親が集まっていて、車の中の人から子供の靴を受け取っていました!よく見てみるとおねえちゃまと同じクラスのお母様で、たぶん子どもが使わなくなった靴をあげていたんだと思います!

ドライバーさんに
M:「あのマダムは靴をあげていたけど、あの家族は嬉しいのかしら?」
D:「貧しくて服も靴も無いんですから、貰えたら嬉しいとおもいますよ!」
M:「へ~。そうなんだ。お金じゃなくて物でも嬉しいのね!」

今度またこのスーパーマーケットによる機会があれば私もあの小さな子どもたちになにか渡してあげたいなと思いました。お金だとなんだか金額的にどれだけ渡したらよいか迷うし、でもなにか力になってあげたい気持ちはあるけど・・・物でも喜んでくれるならボクシーシ初心者にはハードルが低くて渡しやすい気がしますので。

これから三年間この地で生活することになるけれど、このボクシーシ環境に「慣れ」や「迷い」なく行動できる日はくるのでしょうか? あぁ、難しいボクシーシ。