私○○の穴小さいんです -2ページ目

嫌なやつの続き

自分が注意されたくない。
これは誰しもあると思うが相手が正論であってもいらっとくる。あとはその相手次第。尊敬できる人とかなら素直に耳を傾けることができる。全く知らない人なら頭にくるがすぐ忘れてしまうかブログに愚痴をかいて気がおさまる。

一番厄介なのは知り合いや友人きどりの人とかや近所の人とか。イラつきが持続する。法や秩序がなければどんなことになるか。何かしらの仕返しを空想する。あまりに怒り心頭の場合ブログに書き込みすることで発散できるか少々疑問である。

だから人を注意すると逆切れされて何かされるんじゃないかとびびってしまう。人を注意するひとはそんな心配をしないでえらく勇気があるか思慮の足りない人なんじゃないかと考える。

人が何かの判断をするとき教育だとかその人の育った環境によるが自分の判断で決断することになる。おおまかに言えば自己中心的判断だろう。それが現代の一般大衆に受け入れられるかで常識や良識と言われるのだろう。

法や秩序も今の人達が考えたことだから今はそれに従うしかないのだろう。

だから今日もブログにぼやくのみである。





ブログと嫌なやつ

ブログは匿名性が高く好き勝手に言いたい事が言える。ただ有名無名人関わらず個人攻撃や反社会的行為は慎むべきと考えている。だからいままでも勝手なことを書いて来た。

私にとってストレス解消だったり自己表現のひとつであったりする。多くの人の目にふれればいいがそこにこだわりわは無い。逆にこだわりをもつとそれ自身がストレスになるだろうと思う。精神医学的や心理学的にはなんとかの代償行為だとか分類されるのかもしれない。

今回はいつものごとく嫌な事があったので書いている。

その前に伏線として。
私は人に注意が出来ない人間である。何故かというとびびっているからである。だからここのブログに書いて代償行為としているのである。
では何故びびるのかというと、私は人から注意されるのが嫌いだからである。

とりとめないが続きは次回へ。

ひさびさこんな人いました

駅のトイレ混んでたのでフォーク並びしてました。飛び越して一人の人が目の前を通り過ぎて行きました。何かを探すような素振りで。忘れものか人を探しているのか?空いたとこにスッと入りました。一瞬目の錯覚かと思いました。存在を疑問視しなきゃいけない人ですな。何故こういった人がいるんでしょう?自然の摂理なのでしょうか?2-8の法則て有名なのがあるよね。確かある会社の売上高8割を2割の人たちが稼いでいたとかてやつ。正確ではないと思うのでこんなの程度の認識でお願いします。極論すれば8割の人はいる意味ないてことか?勿論人の価値は売上高だけではないのはわかる。極論の話だから。
明らかにいないほうがいい人はいる気がする。割り込み人間は直径30センチの島に島流し蹴り。