ようやく暑さが和らぎ秋の気配を感じる今日この頃。
秋は一番好きな季節なので、いつも週末には家族でのお出かけを計画している。

芋掘りや公園、遊園地や動物園など、
娘との楽しい予定をたくさん考えてしまう。


そんな楽しいはずの週末も、
幼い頃の私には、いつもお決まりの予定があった。



もちろん中受を始めてからは塾だったけれど、
それまでの小学生時代は、いつも週末は決まってデパートに行っていた。


デパートに通う、と言っても、もちろん一人で通っていた訳ではない。
買い物や食べることが大好きな母がほぼ毎週デパートへ行くので、それについて行っていたのだ。


ベッドタウンにある自宅から電車で1時間半ほどかけてデパートに行き、ランチとお茶をして、食料品をどっさり買い物をする、というのが母にとってのお決まりのコースだった。


買った食料品の7割は祖父母たちのためのもので、
いつも最高級の肉や魚を山ほど買い込んでは、
祖父母の家に持って行くのだ。


遊び盛りの私にとっては、デパートなんかより、周りの友達のように映画や遊園地に行ってみたかったけれど、そんなところに連れて行ってもらった記憶は全くない。


写真を見ても、遊園地は私が赤ちゃんの頃に行ったっきりで(兄を遊ばせるために)、週末に私の希望でどこかへ遊びに行く、というのは、私が物心ついてからは全く無かった。


高齢の祖父母は二人暮らしで食も細かったが、母は山ほど食料品を持って行くので、祖父母宅の小さな冷蔵庫と冷凍庫は、いつもパンパンだった。


もう二人やからそんなに食べへんし、
高いものばっかり買って持ってこんといて!


と祖父母が毎週迷惑そうに母に言っても、
母は取り憑かれたように超高級な食材を買ってせっせと冷蔵庫に詰め込むのだ。


そして母と祖母が愚痴の吐き合いや文句の言い合い、果ては口喧嘩まで発展し、最後は気の弱い祖母が兄のことを不憫がって泣き、それを見て母はイラついて怒る、というのが常だった。


幼い私は、そのカオスな会話をしている大人たちの隣で、ただただ一人でボーッとテレビを観ている。これが幼い私のお決まりの週末だった。


たまに祖母が私に目を向けたと思ったら、
勉強の話か、成績の話。
祖父は人に無関心なひとで、母や私が来ても知らん顔で、始終テレビを観ているだけだった。


そんな祖父母宅に、私は赤ちゃんの頃ずっと預けられていたそうで、母は、あんたは祖母に育てられた、とよく言っていた。


兄のことで頭がいっぱいだった母には、
赤ちゃんの私を育てる余力は無かったのだろう。


祖父母はもうとっくに亡くなってしまったけれど、赤ちゃんの時から育ててもらっていたにしては、私にとってはとてもドライで祖父母らしからぬ祖父母だった。


そんな2人の元に預けられていた赤ちゃんのころのわたし。
今から考えると、乳飲み子のときから既に私のハードな人生は始まっていたのだろう。