来年の家族旅行については、とりあえず少し考える、とだけLINEした数日後、
母からまたLINEが届いた。


それは、
正月に3泊4日、両家でホテルステイをして、年越しを一緒にしよう。
もう予約始まってるから、とりあえず申し込んで良いか?
というものだった。


ダメだ。
母は全く私の気持ちを理解していない。


もしかして‥
と微塵にも私の揺れ動く気持ちについて考えてもいないのだろう。


私の楽しくなさそうな表情や避けている様子なんて、母は気にも留めていないのだ。



夏休みだけでも我慢しているのに、
正月まで、また兄で恥ずかしい思いをしたり、
兄を鬼の形相で叱りつける母のヒステリックを見たくない。
50年近く我慢したのだ。
もういい加減私を解放してほしい。


いや!
もういい子ちゃんを演じていた愚かな自分から、自分の手で自分を解放するのだ。
我慢して行くことはない。
十分親孝行もし、兄の我慢やケアもしてきたではないか。
母に嫌われたくないから、と自分の気持ちを後回しにしてはいけない。
自分の気持ちを大切にして、本心で決めるのだ。


私はそう決意した。
そして、

正月は周りに気を使うことなく家でゆっくりしたいから、悪いけど私たちは見送るよ。

と返事した。


母からは、


判りました


とだけ返事があった。



お母さん、ごめんね。
冷たい娘だと思ったよね。
でももうそろそろ自分の気持ちを優先しても良いよね。


私は一人そう心でつぶやいた。


両親には感謝している。
たくさんお金を使って私を教育してくれた。
無事に大きく育ててもらって、
今でもまだ甘えていることも多い。
高齢の両親が兄の世話で苦労しているのも知っているし、孫に会いたいのもわかっている。


でも、それら全部と
私が我慢すれば良い、というのは別なのだ。
親に感謝すること、親の気持ちを理解することと、
自分の気持ちを我慢することは別なのだ。


私は自分にそう言い聞かせた。


普通の家庭なら、両親と正月をふた家族でホテルステイするなんて、なんて楽しいイベントなのだろうか。

うん!楽しそう!
と返事できたら、どれだけ幸せだっただろう。
私と私の両親とでは、
一度も味わうことのない幸福だが‥



家族に障害があることによって、こんなにも周りの人間の人生や状況、性格というのは大きく変わるのか。
いや、変わらない家庭もあるかもしれない。


少なくとも我が家では、いろんな歯車が大きくずれてしまった。
それは何故か。


障害者がいることが原因なのではない。
兄が障害者でも、両親がその現実を受け入れ、
明るく前向きに過ごし、
兄弟も平等に愛しケアできていれば、なんの問題もなかっただろう。


でも我が家では違った。
だからこうなったのだ。


これまで書いてきた自分の幼い頃の回想録。
これを書くことで思い出を整理し、俯瞰で自分の育ってきた環境や状況をみることができている。
それによって、私はそういう考えに至った。