母に向けた手紙を読む時間。
正直、母に向けて手紙を書くということは
私にとっては簡単ではなかった。
母との楽しい思い出はほとんど無かったし、
感謝、といってもお金を掛けて教育してくれたことくらいしか思いつかなかった。
二人で遊んだ記憶もないし、
特別楽しかった思い出もなかった。
でも、これまで育ててもらった恩があるので、
私は一生懸命搾り出して母に向けた感謝の手紙を書いた。
母を前に呼び、私はみんなの前でその手紙を朗読した。
大半の母親がそこでうるっとするらしいけれど、
私の母はやはり泣くどころかシラッとした顔でそれを聞いていた。
手紙の朗読が終わった段で、
司会者の方が穏やかな声で母にこう質問した。
お嬢様は、どんなお子様だったんですか?
プロの司会者。
きっと数々の披露宴でこの質問をしてきたのだろう。
娘からは母への愛のこもった手紙の後は、母から娘に向けた、温かな言葉で締めくくろうと‥。
しかし、その司会者は知らなかったのだ。
私の母という人間を。
そう、母からは、
百戦錬磨のプロの司会者もたじろぐ回答が飛び出した。
どんな子供だったか。
そう聞かれて出た母の答え。
一度こう、と決めたら、絶対に譲らない子です。
それまでの司会者の穏やかな笑顔は影を潜め、
口元を引き攣らせながら、明らかに動揺していた。
母の回答になんと続けたら良いのか解らない様子で言葉を詰まらせた司会者は、
そ、そうですか、意思のしっかりしたお嬢様なんですね
と言って、その場は直ちに終了した。
一度決めたら譲らない子‥
私は、
全てのことを譲ってきたではないか。
私を見てほしい、という気持ちを譲って、母の目が兄だけに向くのを我慢した。
私の話を聞いてほしい、という気持ちを譲って、楽しい話も苦しい話も大変な母にはしなかった。
私だけを連れて二人で遊びに行ってほしい、という気持ちを譲って、周りを気にしながら恥ずかしいのを我慢して常にどこに行くにも兄と共に行動した。
結婚式に呼びたくない、という自分の意思を譲って、兄を出席させたではないか。
これまで、私は自分の気持ちを全て兄と母のために譲ってきたのだ。
我慢してきたのだ。
特に今日の結婚式や披露宴では、兄のことで相当恥ずかしく辛い想いをしていることを、母も間近で見て解っているはず。
それなのに、そんな私に向かって、
よくもそんな言葉しか言えなかったものだ。
私はその母の言葉を聞いた瞬間、
この母の元に産まれたことを心底後悔した。
ここまで私のことを無碍に扱っていたなんて。
私の気持ちへの無関心さにつくづく腹が立った。
披露宴が終わると、母は私の元へやって来た。
今日の諸々を謝るのかと思いきや、
分厚い祝儀袋を渡してきた。
ようくんが迷惑かけたから、
お祝い多めにしておいたよ。
そう言って、まるで金を渡すから帳消しでしょ?
とでも言わんばかりに封筒を差し出してきたのだ。
そう、これが私の母なのだ。
大バカ者の私は、何を期待したのだろう。
今までの人生で思い知らされていたはずなのに、
この期に及んで何をまだ母に望んでいたのか。
金さえ注いでいれば責任は果たしている。
私が譲ったり我慢するのは当然だ、障害者じゃなく健常者に産んでやったのだから。
そういう考えの母だったではないか。
奇しくも私はそのことを自分の結婚式の日に思い知らされたのだ。
これが私の結婚式だった。