滞りなく式は終わるかと思っていた矢先、それは神父様からの誓いの言葉を聞いている時に起きた。


静まり返った厳かな雰囲気のなか、
神父様の優しく温かなお声だけがチャペルに響いていた。


私たち新郎新婦にかけて下さる、一生に一度の有難いお言葉。


そんな神聖な時間を切り裂くように、
突如、聞き覚えのある兄のあの野太い大声が
神父様の声をかき消すようにチャペルにこだました。

ウォーーーー

と音とも声とも解らない、あきらかに普通ではないおっさんの声とともに、
参列者として母の隣り、つまり私たちの背後にいたはずの兄が、突如バージンロードをお決まりのサイドステップで逆走したのだ。


列席者も神父様も、もちろん私たちも呆気に取られ、しばらく時が止まっていたような気がする。


私は背を向けていたが、何が起こったのかは安易に想像できた。
いつものやつだ‥。
怖さと悲しさと悔しさで、私はもう振り返ることができなかった。


予想通り、兄はいつもの如く大声をあげてバージンロードを逆走してチャペルから逃走し、
その後を母の友人がこれまたバージンロードを逆走して走り去った。


もはや、カオス‥


そのまま地球の果てまで行ってくれ‥
と願ったけれど、兄はガラス張りになっているチャペルの入り口扉に顔を貼り付けて、よく解らない声を出しながらチャペルの中をじっと覗いていた。


なぜそこに貼り付いているのか‥


私は振り返ることはできなかったが、
始終背後からは兄の声が聞こえていて、
地球の果てには行っていないことに、心底落胆していた。


兄のうなり声が響くなか、神父様、流石のプロである。
気を取り直して誓いの言葉を述べられたのだ。


私は始終兄のことが気が気ではなく、
神父様の後ろにあるガラスに薄っすら映っている兄の影に目が釘付けだった。


神父様のプロフェッショナルな誓いの言葉も耳に入らず、始終、


頼むから、もうこれ以上中に入ってこないでくれ!
これ以上台無しにしないで。消えて‥


と目の前の神父様よりも天の神様に祈っていた。


気がつくと、誓いの儀式は終わっていて、
私たちは気もそぞろに退場した。


正直、兄が暴れ出してからの式の記憶がない。


兄の動向だけが気になって、
私の耳も目も意識も、全てがチャペルの窓ガラスに貼り付いている兄に向けられていたからだ。


兄がまた暴れ出すまえに早く退場してしまいたかったし、
恥ずかしくて、誰にも花嫁の私なんて見て欲しくなかった。


披露宴のために控え室に戻った私は、
心の底から兄を招待したことを後悔し、
愚かで大バカ者の自分を呪った。


その後の記憶はあまり無いが、
バタバタと支度をさせられて、気づけば披露宴が始まっていた。


続きます。