私の母親は食べることが大好きなひとで
よく家族で外食をした。


ホテルやデパートなどの高級店も時には連れて行ってくれたけれど
一番多かったのは、ファミレスのロイヤルホストだ。


自称口が肥えている(身体も肥えていた)母は
ファミレスにあまり良い印象を抱いていなかったけれど、なぜかロイホだけは美味しいと気に入って家族で出かけた帰りなどによく立ち寄って食事をした。


もちろん私もロイホは大好きで、
好きな料理を食べられることは嬉しかった。
しかし、何せ家族で行くとなると、
例の如く、兄を見る好奇の目に晒されながらの食事となる。


普通の人にとっては、ファミレスで食事をすることなんて、ただお店に入り、案内された席に座り、食べたいものを食べて出てくるだけの、ノンストレスで気軽な行為だ。


しかし私にとっては、ひと味も二味も違う。

このファミレスで食事をする、というだけの単純行動も、重度障害児の兄を伴えば、たちまち一瞬たりとも気が抜けない、難易度強の尻込み案件になるのだ。


まず、ロイホの扉を開けて、中に待っている人がいるか居ないか、そこが第一関門である。


待っている人がいなければ、そのまま席に案内されて、人目に触れる数を最小限に留めたまま席に行ける確率が上がる。


しかし、待っている人が居た場合、
スタートから終わった‥となる。


人で溢れる扉付近の待合スペースで、
明らかに挙動もおかしく、大声で意味不明なことを喋る兄を待たせておかなければならないのだ。


ただ案内されるのを待つだけの、時間を持て余している人びとの目は、瞬時に兄に釘付けになる。


奇妙な兄を連れた我が一家を
待合スペースの人びとが好奇な眼差しで見つめる。


冷ややかな視線に耐えつう、ただただじっと案内されるのを待つ。
そして、ようやく自分たちの番になり、席に案内して貰おうと歩き出したその途端、
長い待ち時間でフラストレーションが溜まった兄は、
ここぞとばかりに座席までの道のりを、いつも大股サイドステップで走り抜けるのだ。


もちろん案内する店員さんも食事しているお客さんたちも、びっくり仰天で兄とその家族にこれまた目が釘付けになるのだ。


入店するなりスッカリ店内の注目の的となった我が家。
私はいつも食事なんてもう放っておいて、このまま飲まず食わずで帰ってしまいたい‥と思いながら、俯いてコッソリと案内された座席に静かに座るのだ。


そして、席についてから料理を食べ終わるまで、
私の視線と意識はただただ兄に集中する。

大きな声を出さないか、
機嫌が悪くなって大声で泣かないか、
突然立って店内を暴走しないか、
隣の席の人のものを急に触りに行かないか‥


ただただそればかりが気になって
いつも自分が何を食べたか覚えていなかった。


少しでも兄が変な声を出しそうになれば
席の下から足で兄の足をポン!と蹴る。
すると不思議なことに兄は少し静かになる。

でもこれも長くは続かず、また変なことをし出す。
そしたらまたポンと蹴る。
しかしあまりに蹴りすぎると、
今度は兄が嫌がって大きな声を出すので、
そうそう出来るものでもないのだ。


それでも兄が度々おかしな行動をすると、
いつも母の怒りが爆発した。
般若のような形相になり、

変なことしな!
何してんの!!
連れてこーへんで!!!

と鬼もたじろぐような怖い顔で兄を叱りつけるのだ。
周りの人は、兄だけでなくそんな母の様子にもギョッとなり、さらに我が家は注目の的になる。

奇妙な兄を見張り、
母の機嫌を伺い、
私はそんなこんなで、いつも何のためにファミレスに入ったのか分からないほど疲労困憊して店を後にしていた。


だから、いま人目も誰の機嫌も気にすることなく、
静かな場所でも混み合う場所でも
堂々と気楽に過ごせることが幸せでならない。


こんな普通の人にとっては当たり前なことが
これまでの私の人生にはずっと皆無だったのだ。