ピノキオにひきつづき、

幼少期の私にはもう一つ週末行きつけの場所があった

 

 

それは、おそらく三重県だったと思う

あすなろという名の病院施設

 

 

有名な病院だったのか

自閉症に長けた先生が在籍していたのか

記憶は定かではないが

当時そのあすなろ病の診察は整理券制で

早朝から整理券を配り始め

それが取れないと診ていただけない、というシステムだった

 

当時の母はとにかく兄の病気に必死

 

なんとかその整理券をGETして

優秀なお医者様に診て頂くことを切望していた

 

 

そのため3か月か半年に一回は、夜中3か4時ころに起こされ

家族4人マイカーで3時間程かけて通っていた

 

冬なんかはそれはそれは寒くて

昔の車の暖房は瞬時に温まるわけではないので

霜が降りた冷蔵庫のような車内に

寝ぼけ眼の幼い私はパジャマ姿のまま押し込められ

毛布と一緒に寒さに吹っ飛んだ眠気を抱えて

ただただ世の暗闇のなかでガタガタ震えていた記憶がある

 

 

暖房もようやく温まったころ

車内でウトウトしていると

車はようやくあすなろ病院の駐車場に到着する

 

寒さ凍える病院の門前で

整理券が配られるのを両親のどちらか一人が並んで待っていた

 

 

無事に整理券がGETできると

診察までの時間を朝食などを食べて車内でひたすら待つのだ

 

 

診察が開始されると、母と兄は院内へ

私と父はそのまま車内でただひたすら時がすぎるのを待つ

 

そう、ピノキオの待合室ばりに

これまた狭い室内で何もすることなくじっと待ち続けるのだ

 

 

そして無事に診察が終わり薬をもらうと車また4時間かけて帰宅する

 

 

それが楽しいであろう筈の日曜日の

私の過ごし方Part2なのだ

 

 

ピノキオでもあすなろでも

ただただ狭い場所で待ちぼうけ

というこのスタンス

 

本当に辛抱強い子供時代を過ごしていたなぁ

と我ながら幼い自分を称賛する

 

その辛抱の源は

やはり別記事で書いた

兄は可哀想な子、あんたは恵まれてる

という、この言葉に起因するのかもしれない