『ピノキオ』

 

たいていの人はディズニーアニメのピノキオを思い浮かべるだろう

 

でも私はピノキオと聞くと

閉鎖的で退屈なある場所を思い出す

 

 

それは、むかし私の地元にあった

障害者のための教室のようなところで

ある宗教家の女性が観音様信仰を掲げながら

障害者とその家族を心身ともに幸せにする

といったような施設だった

 

 

表向きは、何名かのスタッフが毎週末に

障害者や自閉症の子供たちを集め

広いめの部屋で体操やお遊戯などをするという教室

 

そしてそこに集まる親子に向けて観音様信仰を促し

その家庭に降りかかった不幸(自閉症?)を軽くしましょう!

というような教えを説き、仏像やら信仰グッズを購入させるのだ

 


元々ネガティブ志向だった母は

兄のことででより一層その後ろ向きで悲観的な思考に磨きが掛かり

当時、その女性宗教家に心酔していた

 

 

よく当たるから!と豪語する母は、

口車に乗って仏像やら信仰グッズを買いそろえ

自宅の応接間に神棚をつくり

毎朝毎晩その仏像にお祈りし

子どもの私たちにまでお祈りを強要していた

 

 

なに一つとして願い成就していない、という事実に蓋をし

40年以上が経った今も、母は仏像に祈りをささげている

 

 

そんな当時の母は

幼い私と自閉症の兄を連れてその施設に毎週末通っていた

 

施設に到着すると

兄はスタッフに連れられて体操をしに行く

 

私と母は

待機場所という名の4畳半ほどの

椅子と小さなテーブル以外何もない待合室で

兄が戻るのをただひたすら待つのだ

 

毎週末、昼から夕方まで3-4時間はあっただろう

 

 

母は、同じような人々とおしゃべりをしたり

本を読んだりして時間を過ごしていたような気がするけれど

幼かった私は何もやることがなく

母が相手してくるれることもなかったので

いつも退屈で、ただただうんざりしていた記憶がある

 

当時、土曜は学校があり

日曜は唯一の週末だった

 

学校の友達は、公園で遊んだり家族でお出かけしたりしているのに

私だけピノキオという名の意味不明な施設の一室に入れられて

知らない大人たちと共に週末の数時間を無駄にやり過ごすのだ

 

 

そんな日々は何年も続いた

 

 

遊びたい盛りだったあの時の自分の

あの時間はいったい何だったのだろう・・・

 

つくづくやりきれない気持ちになる

 

今もせっせとお祈りを捧げる母の姿を目にするたび

私は黒く神棚に鎮座している鉄の塊を苦々しく見つめるのだ