hello my family

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想うことを書いてる

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そんな感じで私は幸せだった。





母と弟と明るくて素敵な毎日を送ってた。





母は夜の仕事をしていた。

だけど母はいつも昼間は私たちと遊んでくれたし

いろんなところに連れて行ってくれた。





私と弟にとっては

母がいつ寝てるかもわからなかった





昔歩きたばこをしている成人男性のたばこの先が

背の小さかった自分のほっぺたにあたって

やけどをしたことがあった。





その男性は態度も悪くて泣いてる私に対して軽くごめんねーと言った。

それを母に泣きながら言うと母はものすごい怒ってその男性に

最終的には土下座させた。





やりすぎなのかどうかはさておいて、母は間違ってることは

許さなかったし、私たち子供を守るためには誰に嫌われても

かまわないという感じだった。





その男性に土下座をさせて謝らせた時も

その男性が母のほうに向かって土下座したもんだから

母は「私にじゃないでしょ!娘に謝りなさい!」

と言った。





母はこのエピソードを覚えていないと思うが

私は鮮明に覚えていた。





そのほかにも母が私のことを守ってくれたエピソードは

たくさんある。





母は仕事で同伴をするときには

子供が二人いるということをお客さんに告げて

いつも私と弟を一緒に食事に連れてってくれた。

おいしいものは家族で食べた。





あなたが一番すごい。

あなたはすてきだ。

といつも私のことをほめてくれたし

厳しいこともあったけど

日本の常識にそぐうかそぐわないかは別にして

人として正しいことを教えてくれて。





何よりも自分の背中をみせることで

こういう風に生きるんだと教えてくれた。






そんな母親だった。

異常なほどに愛があった。











それが変わったのは私が中学2年生とかの時だったと思う。





母の私に対する態度はどんどん変わっていった。





私に可愛げがなくなったのか、

自我が目覚めそうな私が気に入らなかったのか





基本的には私を否定するようになり、





弟との扱いにも差ができた。





母が私を否定することで

その頃の私は母に正直な気持ちを

離せなくなっていた。





多分これがダメだったのかな





それともただ私のことが嫌いなだけ?





少しのへまをすると

母は私のことを必要以上に殴ったしけなした。





高校生の時にはもう私のことを

名前では呼ばなくなりブスと呼び





御飯が食べれなくて頭の上から

味噌汁をかけられごはんを投げつけられ

蹴っ飛ばされつづけたこともある。





その時は裸足で家から逃げた。





最初はとてもつらかった。





口では言わないものの私は母のことが

大好きだったし尊敬してた。





そんな人から

あんたなんか生まなきゃよかった

役立たず

死ね

出てけ

ブス

あんたは私の子供じゃない





そういわれ続ける辛さ





苦しくて苦しくてたまらなかった





だけどそれも言われ続けると

人間慣れてくる。





私は国内に親戚がいなかったし

母以外に学費を出してくれる人がいなかった





私は学校が大好きだったから学校は

行きたかった。でもこの家から逃げれば

学校へは行けなくなる

転校もしないといけないかもしれない





でも誰かに相談して警察に伝われば

もしかしたら母親は捕まっちゃうんじゃないか





弟と母親は仲良しだった。

私と弟も仲が良かった。

弟も母のいうことを聞かないと

私みたいに夜も家に入れてもらえず

野宿する羽目になっちゃうから

助けようにもむずかしかった。





私は母親と弟が幸せに暮らしてくれればいい。

私だけがいなくなって、二人で笑顔で暮らしてほしい。

本気でそう思ってた。





だから高校卒業までは我慢しよう。

心を無にして耐え続けよう。

そう思った。





大学に行けという母の言うことを聞き、

受験勉強をして受験もした。





受験料を払うときに母は私に

受験料が払えないから大学行かせられないと言った。





私は一年間半受験勉強を必死に頑張って

少しでもいい大学に入ろうと思ってた。





それがすべて水の泡になった。





就職活動もしてなくて受験勉強しかしてこなかったのに

大学にも行かせてもらえない。

騙されてた。





なんで私は母の言うことを信じたんだ。





自分にイライラしたし、

基本的に母に口答えはせず

ずっと耐えがちだった私だけど

その時だけは母に耕言った。





「あんたのせいで私の人生ぐちゃぐちゃだ。」





頭が狂いそうだった。





そのあと高校卒業直前ごろに

しりあいのおばさんと会う機会があって

そのときにいろんなきっかけが重なって





今の自分の家での状況を正直に全部話した。





自分の洗濯物は洗えないし、

玄関に自分の靴はおいてはいけない。

皿洗いはすべて自分がやらないとキレられる。





おばさんはなんでもっと早くいってくれなかったのかと

何度も言ったし。





辛かったね辛かったねと泣く私を何度も励ました。





その状況に母は勘付いたのかわからないけど

早く帰ってこいと、私に電話をしてきた。





おばさんは私に言った。





「このまま家に帰っても今日も髪の毛

引っ張られて、殴られて、あなたにとって

いいことは何もない。


いい?あなたは大学に行こうと一生懸命

頑張ったの。でも母親はあなたを騙した。

あなたがどれだけ一生懸命頑張ろうと

あなたの母親はそれをつぶしてしまう。

そしていつまでも自分の言うことをきくように

あなたを束縛し続ける。


学校も卒業するしもう失うものは

何もないでしょ。だから逃げるの。

あなたの本当の夢もかなえるために。

逃げるの。そうしたほうがいいに決まってる。」





私は母が好きだった。





母がいない生活なんて経験したことがなかった。





おばさんの言ってることは正しかった。





でも迎えに来たおかあさんの車に乗った。





お母さんは車の中でこういった。

「あなたは私の娘なのよ。あのおばさんのなんでもない。

私のいうことを聞けと言ってるでしょ。

ほんとにふざけるなよ。死ねよ。」





そう怒鳴って私の頭からジュースをかけた。





その時私はなんであんなことしたのかはよくわからなかったけど

車のドアをあけて外に飛び出し走って走って走り続けた。





何も考えてなかった。考えてたらそんなことはしないはずだ。

母に逆らうのは怖かったから。





でも走りだしてしまった。





スマホに母からの着信。





でなかった。





走って立ち止まってしゃがみこんだ。





冬だったからジュースをかけられた髪の毛は凍ってた。

パリパリになってた。





むこうから足音がきこえて、びびって

コンクリートの壁の端っこにしゃがんでた。





足音が近づいてきて、





みつかった。





「ねえちゃん?戻ってきて。お母さんが呼んでるよ。」





母に探せと言われて来た弟だった。





戻りたくない。そう思った。





私は弟に言った。





「来ないで。あっち行って。」





これが弟と直接話した最後の会話。





だいたい一年前くらいの話。





母の電話番号は着信拒否にした。

おばさんから連絡がきた。





おばさんのところではなかったけど

行き場がない私は保護された。





そこから地元を離れて今に至る。







ひとりになったのはすごく寂しかった。

こんなに自由になったことがなかったから

なにをしていいかわからなかった。





母に会いたくて寂しかった。