僕は電話をかけた。

 

繋がらない呼び出し音が耳の奥に響く。

 

 

何度も留守電に変わっては、無機質な女性の声がメッセージを残せと僕に言う。

だけどメッセージは残せなかった。

 

自分が何を言おうとしているのかも分からないから。

ただ、ユノの声を聞けば自分の気持ちが分かるような気がして

僕は僕のために、電話をかけたんだと思う。

 

 

 

そろそろ日も暮れ初めて薄紫の空に

秋の始まりを告げるような鱗雲が泳いでいるのが見えた。

 

この雲の辿り着く先を僕は知らない。

僕らの辿り着く先も知らない。

 

何も決まってなどおらず、ただ自由に風に吹かれていつか辿り着く場所が

僕らの最終地点ならいいとぼんやり思ったりして、

繋がらないスマホの画面をじっと見つめた。

そこに映る今の自分の顔はなんて情けない顔をしてるんだろう。

ふぅっとため息をついて放り投げ、僕はユノの自慢の大きなソファに横になり

ただこうして流れる雲を見続けた。

 

このソファ。

ユノの香りがするんだ。

僕がこの家に来て一番好きな場所はここだった。

ここに寝そべって見える空は自分のマンションから見えている空とはまるで違う。

ここから見る空はいつもゆっくり時間が流れてるような気がしてた。

 

近所から聞こえる子供の笑い声

どこからか香る夕食の匂い

庭の木が少しずつ葉の色を変えていく様

 

平凡だけど幸せな日常を絵に描いたような、

何もかもが満たされたようなここで

こんなに広い空をゆっくりと眺められる場所で、

ユノは何に迷い、何に苦しんでいたのだろう。

 

確実に昔とは違う雰囲気を纏った最近のユノはどこか刺々しく、

触れたら壊れそうなぐらい脆く、危なげで。

過度なトレーニングで無駄なものをそぎ落とされたその体は痛々しく、

まるで叫んでいるようだ。

助けてくれ、って。

 

それは誰に向かって叫んでいるのか分からないけれど

相手が僕だったらいいのに。

僕なら何が何でもあなたを守ってあげるのに。

 

なんて、漠然と思うんだ。

 

自信家で強情で弱音を吐かない根っからのリーダー気質のあなたが

僕に弱音なんて吐くことは滅多にないけど。

 

あなたがいつも孤独なのは知ってた。

 

だから、あなたは芸能界の友人ではなく

故郷の友人とばかりつるむんだ。

僕じゃなく、あの人たちを選ぶんだ。

 

あの人たちの前では、ただのチョン・ユンホに戻れるの?

それで孤独は癒せるの?

 

 

僕じゃ駄目なの?

 

自分の中に芽生えた猜疑心とか色んなもの、そんなものを全部飛び越えて

いつの間にかユノを自分のものにしたいと思う僕がそこにはいた。

 

 

答えはいつだってシンプルなのに

どうして、こうも回り道ばかりしてしまうんだろう。

 

 

僕は、ユノが好きだ。

それも、とんでもなく。

 

 

言いたい事は決まった。

僕は再び、スマホを手にしてユノの名前をタップした。

 

また無機質な女性の声が僕にメッセージを残せという。

だから僕は従った。

 

 

「ユノ、好きです。会いたい。帰ってきて。」

 

 

たったコレだけの言葉を口にするのに

いったい何年かかったのだろう。

 

驚くほどシンプルな自分の気持ちに、

僕は半ば呆れながら、少しだけ笑って、少しだけ泣いた。

 

 

きっと僕は後悔するだろう。

言わなければ良かったと思う日が必ず来るだろう。

 

 

それでも、僕は最初で最後のようなこんな自分の気持ちを大事にしたかった。

僕は我がままだ。

あなたをきっと困らせてしまう。

あなたは優しいから、僕を傷つけないような言葉を選んでそっと拒むだろう。

それでも往生際の悪い僕はあなたに縋りつこうとするかもしれない。

 

 

そしたら、ユノ。

 

 

あなたは迷わず僕を突き放して欲しい。

 

 

これ以上、僕があなたを好きにならないように。