かれこれ出産から一月が経とうとしています。
恋ちゃんの入院や私の乳腺炎やらであっという間の一ヶ月でした。
今更ですが、思い出に出産の時のお話を記録しておきたいと思います。

4月26日(月) 39w5d 午後7:20 おしるしがある
まだかまだかと待ちわびた出産。
母も予定日の28日に合わせて2週間前からこちらへ来て貰っていたので、
あまり遅れるとちょっと申し訳ないような気が。
だからおしるしを見た時はヤッターいよいよ始まる!とワクワクでした。
ちなみに母も出産に立ち会うことになってました。
4月27日(火) 39w6d 午前2:00 陣痛が始まる
夜中お腹の痛さに目が覚める。
でも生理の時の鈍痛に似た痛み。
がまんできない程ではなかったので、軽く間食をしてから再び眠りに就く。
そして朝目覚めた時も鈍痛は続いていたのですが、10~15分間隔
トイレに行くと再び出血(鮮血)があったので、念の為病院に連絡
問題ないと思われるのでこのまま自宅待機と言われました。
お腹は痛いけどかなりゆるめの陣痛だったので、一日母と料理をしたり、折り紙(ケーキの詰め合わせができるの♪)したり、お産が始まったと聞いて様子を見に来てくれた友人と話したりと結構余裕でした。
↑元気いっぱい 陣痛?余裕余裕♪
食べれるかどうか気に掛かっていたラグーソースとニョッキの夕食を食べ終えた頃から、気が緩んだ?のか
陣痛の間隔が8~10分に縮まってきました。
自宅から病院までが一時間ちょっとかかるので、いつ病院に向けて移動するかの見極めに気を揉んでいたのですが、ナースがこちらに来てしまっても付き添いもベッドで休めますよと言ってくださったので病院へ行くことに決めました。
車中も8~10分間隔の陣痛だったので、陣痛が来ている時の車の振動が「うっ」って感じでしたが、これはまだまだ序の口だったんだな~
27日午後11時 病院到着
ミッドワイフが赤ちゃんの頭の位置を確認しようと触診すると、「あれ逆子みたい」だって。
これまでの検診で逆子とは一度も言われたことなかったので、ほんとにー?っとハマちゃんと首を傾げちゃいました。
先程チェックしたミッドワイフが別のミッドワイフを連れてきて再度確認しようと、今度は子宮口の開き具合も見るため内診をしました。
すると子宮口は3センチ程の開き具合で、赤ちゃんの頭がかなり下、もうすぐそこにあるとのことでした。
まだまだ先は長そうだとのことで、分娩室に通された私達一行は婦人病棟の別の一室に案内されお産が進むのを待ちながら、ここで一晩を過ごすことになりました。
付き添っていた母は同じ病院内にある宿泊場所にて一泊することに。
この時点で日付が変って28日(水)午前1時でした。
ハマちゃんは私に付き添って病室に残ったのですが、痛みと戦う私の横でベッドを占領し寝る寝る。
あたしゃ寝れないよ。
だって痛みはどんどん強くなるし、ほぼ5分間隔でやってくるし。
このサポートパーソン(夫のことです)ぜんぜん役に立たないんですけど
マッサージとかしてくれるんじゃないの?
静か~な院内でハマちゃんのスースー眠る音を聞きながらひたすら陣痛の時間を記録する私。
朝方5時過ぎに睡魔が痛みに勝ってつかの間の眠りに落ちるまでその記録は続いたのでした。
そして、この眠りから覚めた後5分間隔になった陣痛は少し遠のいてしまったようでした。
いつの間にか朝食がベッドの横に置かれ、ドクターの回診で少し会話をして、ナースが時々様子を見に来て。
サポートチーム(夫と母)はベッドの横でずっと読書。
私は痛みで時間の経過の感覚も、思考能力もだんだん奪われていくようでした。
私が使っていた病室にはトイレが付いてませんでした。
だからトイレを使う時は廊下を横切って10メートル位離れた所まで歩かなければならなくて。
このたった10メートルが辛くてねぇ。
出来るだけトイレに行きたくないもんだから自然と水分を控えるようにしてたみたいで。
後々の尿検査の時に毎回水分が足りてないようだから水をたくさん飲むように言われてました。
このトイレなんだけどね
いつも検診に来た時に使っていたトイレだったんです。
こんな陣痛真っ最中の人まで使うトイレだったとは。
だってそんな苦しんでる人がすぐ隣で用を足してるとは思わなかったさ。
前回母を連れて検診に来た時、母がトイレの水を流すのに間違えてナースコールのボタンを押しちゃったことがあって。
慌てて逃げてきっちゃったみたいなんだけど。笑
で今回何度目かのトイレの時にかなりの量の出血があったのでナースコールしなければならなかったの。
狼少年のお話を思い出しちゃって。
私のは本気のコールですからーっ
速攻だれか来て!と祈る気持ちでした。
結果ナースはすぐ来てくれたけどね。
でも、出血はこの時から出産までかなりの量が続くことになりました。
産後用に用意したナプキンを使ってたのですが、どんどん出血するのでナプキンもどんどんかえなければならず。
こんなに出血して大丈夫なのかという心配もあったけど、産後に使うナプキンとパンツの替えが無くなっちゃうじゃんっていう心配もありました。
いつの間にか朝ごはんのトレイが下げられ
ティータイムのトレイも手付かずのまま下げられ
お昼のトレイも配られ
ランチを買いに行くと言って暫らく帰ってこなかったハマちゃんが、
こんなに苦しんでる私に何のおみやげもなく手ぶらで帰ってきたことにムショウに悲しくなり
痛みを逃がすために3段重ねで使っていた枕に突っ伏した姿勢で涙していた所へナースが様子を見に来た。
↑お見苦しい姿で失礼しますよ。でもこれが一番楽な姿勢でした。笑
ナース「調子はどう?」
ハマちゃん「そんなに変化はないです」
ワタシ「何時間も散歩に行ってたくせにっ、ハマちゃんに変化なんてわかんないでしょっ
」
ナース「オー、クランキー(機嫌悪~)。これはグッドサイン♪」
お産が進んだと言って帰って行きました。
※実際ハマちゃんがお出かけしていたのは何時間もじゃなかったんだけどね
あたしゃ、自分ばっかり苦しくてなんか孤独を感じはじめてた
↑それは当たり前ですね。産むのは私ですから 笑
楽しみにしてたお菓子だって食べれるどころの話じゃない!
だって痛いんだもん。
陣痛が来てない時は至って普通だよって聞いてたけど。
もうこの頃はゴールに対して自分がどの位置まで進んできているのかのもわからないし、
疲れてヘロヘロ
この時点で
陣痛が始まってから34時間
病院に着いてから12時間以上が経過してました。
つづく
恋ちゃんの入院や私の乳腺炎やらであっという間の一ヶ月でした。
今更ですが、思い出に出産の時のお話を記録しておきたいと思います。

4月26日(月) 39w5d 午後7:20 おしるしがある
まだかまだかと待ちわびた出産。
母も予定日の28日に合わせて2週間前からこちらへ来て貰っていたので、
あまり遅れるとちょっと申し訳ないような気が。
だからおしるしを見た時はヤッターいよいよ始まる!とワクワクでした。
ちなみに母も出産に立ち会うことになってました。
4月27日(火) 39w6d 午前2:00 陣痛が始まる
夜中お腹の痛さに目が覚める。
でも生理の時の鈍痛に似た痛み。
がまんできない程ではなかったので、軽く間食をしてから再び眠りに就く。
そして朝目覚めた時も鈍痛は続いていたのですが、10~15分間隔
トイレに行くと再び出血(鮮血)があったので、念の為病院に連絡
問題ないと思われるのでこのまま自宅待機と言われました。
お腹は痛いけどかなりゆるめの陣痛だったので、一日母と料理をしたり、折り紙(ケーキの詰め合わせができるの♪)したり、お産が始まったと聞いて様子を見に来てくれた友人と話したりと結構余裕でした。
↑元気いっぱい 陣痛?余裕余裕♪
食べれるかどうか気に掛かっていたラグーソースとニョッキの夕食を食べ終えた頃から、気が緩んだ?のか
陣痛の間隔が8~10分に縮まってきました。
自宅から病院までが一時間ちょっとかかるので、いつ病院に向けて移動するかの見極めに気を揉んでいたのですが、ナースがこちらに来てしまっても付き添いもベッドで休めますよと言ってくださったので病院へ行くことに決めました。
車中も8~10分間隔の陣痛だったので、陣痛が来ている時の車の振動が「うっ」って感じでしたが、これはまだまだ序の口だったんだな~
27日午後11時 病院到着
ミッドワイフが赤ちゃんの頭の位置を確認しようと触診すると、「あれ逆子みたい」だって。
これまでの検診で逆子とは一度も言われたことなかったので、ほんとにー?っとハマちゃんと首を傾げちゃいました。
先程チェックしたミッドワイフが別のミッドワイフを連れてきて再度確認しようと、今度は子宮口の開き具合も見るため内診をしました。
すると子宮口は3センチ程の開き具合で、赤ちゃんの頭がかなり下、もうすぐそこにあるとのことでした。
まだまだ先は長そうだとのことで、分娩室に通された私達一行は婦人病棟の別の一室に案内されお産が進むのを待ちながら、ここで一晩を過ごすことになりました。
付き添っていた母は同じ病院内にある宿泊場所にて一泊することに。
この時点で日付が変って28日(水)午前1時でした。
ハマちゃんは私に付き添って病室に残ったのですが、痛みと戦う私の横でベッドを占領し寝る寝る。

あたしゃ寝れないよ。
だって痛みはどんどん強くなるし、ほぼ5分間隔でやってくるし。
このサポートパーソン(夫のことです)ぜんぜん役に立たないんですけど

マッサージとかしてくれるんじゃないの?
静か~な院内でハマちゃんのスースー眠る音を聞きながらひたすら陣痛の時間を記録する私。
朝方5時過ぎに睡魔が痛みに勝ってつかの間の眠りに落ちるまでその記録は続いたのでした。
そして、この眠りから覚めた後5分間隔になった陣痛は少し遠のいてしまったようでした。
いつの間にか朝食がベッドの横に置かれ、ドクターの回診で少し会話をして、ナースが時々様子を見に来て。
サポートチーム(夫と母)はベッドの横でずっと読書。
私は痛みで時間の経過の感覚も、思考能力もだんだん奪われていくようでした。
私が使っていた病室にはトイレが付いてませんでした。
だからトイレを使う時は廊下を横切って10メートル位離れた所まで歩かなければならなくて。
このたった10メートルが辛くてねぇ。
出来るだけトイレに行きたくないもんだから自然と水分を控えるようにしてたみたいで。
後々の尿検査の時に毎回水分が足りてないようだから水をたくさん飲むように言われてました。
このトイレなんだけどね
いつも検診に来た時に使っていたトイレだったんです。
こんな陣痛真っ最中の人まで使うトイレだったとは。
だってそんな苦しんでる人がすぐ隣で用を足してるとは思わなかったさ。
前回母を連れて検診に来た時、母がトイレの水を流すのに間違えてナースコールのボタンを押しちゃったことがあって。
慌てて逃げてきっちゃったみたいなんだけど。笑
で今回何度目かのトイレの時にかなりの量の出血があったのでナースコールしなければならなかったの。
狼少年のお話を思い出しちゃって。
私のは本気のコールですからーっ
速攻だれか来て!と祈る気持ちでした。
結果ナースはすぐ来てくれたけどね。
でも、出血はこの時から出産までかなりの量が続くことになりました。
産後用に用意したナプキンを使ってたのですが、どんどん出血するのでナプキンもどんどんかえなければならず。
こんなに出血して大丈夫なのかという心配もあったけど、産後に使うナプキンとパンツの替えが無くなっちゃうじゃんっていう心配もありました。
いつの間にか朝ごはんのトレイが下げられ
ティータイムのトレイも手付かずのまま下げられ
お昼のトレイも配られ
ランチを買いに行くと言って暫らく帰ってこなかったハマちゃんが、
こんなに苦しんでる私に何のおみやげもなく手ぶらで帰ってきたことにムショウに悲しくなり
痛みを逃がすために3段重ねで使っていた枕に突っ伏した姿勢で涙していた所へナースが様子を見に来た。
↑お見苦しい姿で失礼しますよ。でもこれが一番楽な姿勢でした。笑
ナース「調子はどう?」
ハマちゃん「そんなに変化はないです」
ワタシ「何時間も散歩に行ってたくせにっ、ハマちゃんに変化なんてわかんないでしょっ
」ナース「オー、クランキー(機嫌悪~)。これはグッドサイン♪」
お産が進んだと言って帰って行きました。
※実際ハマちゃんがお出かけしていたのは何時間もじゃなかったんだけどね
あたしゃ、自分ばっかり苦しくてなんか孤独を感じはじめてた
↑それは当たり前ですね。産むのは私ですから 笑
楽しみにしてたお菓子だって食べれるどころの話じゃない!
だって痛いんだもん。
陣痛が来てない時は至って普通だよって聞いてたけど。
もうこの頃はゴールに対して自分がどの位置まで進んできているのかのもわからないし、
疲れてヘロヘロ
この時点で
陣痛が始まってから34時間
病院に着いてから12時間以上が経過してました。
つづく

